■ 上京
川下りなんて10年以上前に一度やっただけだったから、実のところ楽しみで仕方なかった。
始めに私とエドガーが片足だけをイカダに乗せて固定し、乗りやすいよいにと手摺りの代わりになってティナとバナンさんを乗っけてマッシュを引き乗せた瞬間、イカダが流された。
あぶね、マッシュだけ置いてきぼりになるとこだったよ……
川の流れは私が思ってたのよりも断然早くて、イカダに乗った私達はどんどんどんどん流されていく。
レテ川のどの水流に乗れば最短で到着するのか、休憩ポイント、生息している魔物のことなどの情報を持っている私が舵を切り、双子を前線にティナとエドガー達がバナンさんを魔物から守っているのだが……なんかさっきから落ち着かない。
レテ川に紫のタコが住み着いたとかなんとかワンダー(従業員)から聞いていたけど、そんな気配も影も形も一切ないものだから肩透かしを食らった気分だ。
「何も起こらないのが一番いいだろ?」
「……舵交代してもいいんじゃないかな?」
「それはヤダ」
大の大人、大男がヤダなんて使っても可愛くなんかないやい。
中盤まで来た所だろうか、ドバンと滝を落ちた時にティナが浮き掛けたけど、己が浮くの覚悟で手を伸ばしたエドガーの活躍によってなんとか飛ばされずに済んでいた。
軽いよ、ティナ。
そこからまた少し流された所で前方の、遠くにチラリと何かが跳ねてるように見えたような気が……
「なんだあれ?」
「魚群か何かか?」
「紫色の魚なんているのね」
「魔物の群れかもしれんぞ」
紫だ。ティナの言う通りの。
私の髪よりも、もっと濃い紫の吸盤がついた8本の足に耳のない丸い頭。
若干タレ目なそれを水面ギリギリに出しているそいつは正しくタコだ。
「……ちょっと遅めの昼食が決まったね」
「ファイアする?」
「ちょちょっと眼帯兄さんとカワイコちゃん何言ってんの!?」
男達が引いてるけど知ったこっちゃない。
感電させて動けなくさせてからの方がいいんじゃない?なんて軽口を叩けば、私にだけ聞こえるくらいの声で黒毛玉が小さく鳴いた。
ちょっ、お腹空いたのはわかったから動かないで。眼帯ずれる。
食べられたくないのとティナに触りたい(変態か)らしい紫タコが、抵抗としてイカダを叩いたのを切っ掛けに戦闘が始まった。
言っては失礼だが、戦力外のバナンさんに舵を任してティナに向かってたタコ足を隠し持ってた得物で弾きつつ前線に立てば、何故か歓声があがった。……何で?
眼帯男キライだー!なんて言いながらハエ叩きのように私目掛けて降り下ろされたタコ足を、即座にジョイント部分を結合させた得物で突き刺し、捩れば叫びながら足を引っ込める。と、ここでまたもや歓声が。
……だから何で?
「成る程、三節棍のようにジョイント部分を作ることにより遠心力を使い攻撃力を倍増させるようにしてあるのか。元の槍状にすれば中距離も届き──」
「コルツ山の下山中に見せてくれた蹴りも凄かったけどさ、時々コートの隙間から覗いてたアレースの武器が気になってたんだ」
成る程、原因はこれか。
「それはなんて言う武器なの?」
「(これを気にしてたのか)えっと、私が勝手に槍を改造したものだけど、強いて言うなら【ジョイントランス】かな」
私の得物の利点欠点を呟いてるエドガーは無視していても突っ掛かってこないのに、無視すんなと騒ぎ立てる紫タコの足を私とマッシュが叩き、私達の手が届かない本体は自分の世界から戻ってきたエドガーの機械とティナの魔法でダメージを与えていく。
あ、魚介類を七輪で焼いた時のあの美味しい匂いがする。
紫タコの頭に刺さってるボウガンの矢が串に見えてきた……お腹空いてきたのかな?
タコ足はことごとく防がれ、墨は即座に目薬で回復されてしまいいい加減に腹が立ってきたんだろう。
眼帯男もきんにくモリモリも恐い顔も優男もダイキライだあぁぁあぁ!と叫びながらティナ以外に一斉攻撃を仕掛けだす紫タコ。
これが総攻撃だとして、単純的に計算すれば一人タコ足2本だと思ってそれの通りに動いてしまったのが悪かった。
バナンさんに向ける分を減らしてまで私に仕向けるとか……なんか嫌われるようなことしたっけ?
「うあっ!」
「「「アレース!」」」
「つっかまーえた!っけど眼帯男………いらなーい!」
絡み付かれたと思ったら今度は上空に投げ飛ばされた。けど、着地地点がどう見たって濃い紫の上にしか見えない。
これはあれか、乗ってほしくて投げ飛ばしたのか。
勢いを殺す為に何回か宙転してプスリと槍を突き立てて着地すれば、何ともまぁ、間抜けな悲鳴が足元から聞こえてきた。
痛いから暴れてるんだろうけど暴れる度に強く突き立て直す。
私、深いと泳げないから落とされたくないんだよね。
腕壊したくないし。
私が上に乗ってるにも拘わらずオートボウガンとファイア使ってくるエドガーとティナはあとで覚えとけ。
静電気起きやすい体質にしてやるからな。
イラッとした所為で微弱なサンダーでも起きたのか、突然感電しだした紫タコが沈んでいく。
イカダに戻ろうにも、それなりの距離があって行けやしない私も沈む一方だ。
昔行った温泉で溺れたことのある黒毛玉は一足先に鳥型の魔物に寄生して脱出したし……
……あれ?私、自滅した?
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