■ 来る

「アレースーっ!」
「落ち着けマッシュ!」
「落ち着いてられっかよ!アレース、アレースが……ッ!」
「アレースならきっと無事だ!」

紫のタコを撃退できたかもアレースまで沈んでしまっては元も子もない。
作戦の中心となるバナン様も無事だった。ティナも無事だったけど、俺にとって一番怪我も病気も死んでもほしくないのはアレースなんだ。

「マッシュ!!」

兄貴ごめん。
でもアレースの無事を確認したいんだ。

ティナ達に捕まる前に川に飛び込んだ俺が見たものは、流れに逆らわずに行ってしまいそうになってるアレースに、追い討ちを掛けようとしている紫タコの後ろ姿だった。







「──!───し─れ!」

ノイズに紛れて声が聞こえる。
ちょっと待って、今起きるから。
腕が鉛みたい(実際左腕は鋼鉄だけど)に重くて持ち上がらないし、目蓋だって縫い合わせたかのように開かないけど、そこまで声張り上げられたら私だって頑張るよ。

「──て─、な─き──よ!」

ぎゅっ、て身体に何か巻き付いてきたと思ったら触れてる部分が暖かくて、そこでやっと寒かったんだなって気付けた。

寒かった?私、今の状況に陥る前まで何やってたんだっけ?

「アレースっ!」

名前を呼ばれた瞬間に、意識が釣り上げられたかのように浮上してきてようやく、目蓋の縫い糸が解けたみたい。
それでもまだ重たい目蓋を一生懸命押し上げて起きたら、案外近い所に声の主だったマッシュがいた。
近い所じゃない、私抱っこされてんじゃん。

「大丈夫かいアレース。俺がわかる?」
「マッシュ、ちょっと近すぎない?」
「よかった……」

手加減はしてくれてるんだろうけど、それでも力強く抱き締られちゃ恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。

何 故 上 を 着 て い な い !

私にだって羞恥心はある訳で、気付いたら私もアンダーウェアだけ(いや、スラックス履いてるけど)だし、直に伝わってくる体温とか!!

……あ、キャパオーバー……

「アレース!?」

さっきから名前呼ばれてばっかだなぁ……




くたっ、てまた気絶したアレースを担いで、乾かす為に焚き火に当てといた衣類も一緒くたに掻き集めて俺は走った。
取り敢えず目指すは町!か建物!
濡れたままじゃ俺は平気でもアレースが風邪引いちゃうだろうから暖を取らせてもらわないと!

途中出て来る魔物は蹴ってなんとか遣り過ごし、無闇矢鱈に走り回ったらなんとか一軒家だけ見付けれたけど、ノックしても誰も出て来ない。
壁には蔦が張り巡り、庭の草木は延び放題だったけど、微かな人の気配で空き家ではないと直感しつつ勝手にお邪魔させてもらったら、やっぱり中にじいさんがいた。
だけども俺を修理屋と間違え、違うって言っても話しの噛み合わないじいさん。
なんかおかしいなと思いながらも一言断りを入れてからストーブを使わせてもらおうとすれば、毛布はいるかと聞いてくれた。
んん?よくわからないじいさんだなぁ。



蓑虫みたいに毛布で包まれてストーブに当てられているアレースだけど暑くないのかな?やったの俺だけど。
正直、コートはまだしもワイシャツを脱がすのには相当の覚悟が必要だったりした。
それでも濡れたままの服なんて着てたら風邪引くだろうし、それに兄貴が昔「女性は身体を冷してはならない」って言ってたのを思い出して意を決してアレースを脱がせたんだ。
まぁ、アンダーウェア着てくれてたからよかったんだけど、 ホント、下着だけだったらどうしようかと……

そういえば9年前、コルツ山のあの小屋で暮らしてた時にアレースが従業員に強制休暇取らされたとかいって数日泊まってったんだけど、風呂でちょっとしたハプニングがあったんだっけ。

あそこは少し山に入った所に温泉が湧いてたから風呂はそれを利用してたんだけど、アレースが入ってるのを知らなかった俺が行ってしまって……うん。
丁度出ようと立ち上がった一糸も纏ってないアレースと鉢合わせして、確かあの時は俺が倒れたんだよな。
それから気付いた時にはアレースに介抱されてて、アレースは気にしてなかったみたいだったけど、俺の方が意識し過ぎて会話がぎこちなかったんだ。


あー……思い出したら恥ずかしくなってきた。



マッシュは知らない。
9年前のその時、実はアレースがパニクってマッシュにエスナをかけていたことを。



重大な話しがある。
防水加工してあるとはいえシャワーなんて並みじゃない水量にやられた左腕。
指先は動くのだが肩から手首まで関節が動かない。
中でショートしてしまったか、或いは神経と回線の接続部分が壊死したか……
後者は何があってもなっててほしくない。

それともう一つ、グルグル巻きにされすぎて動けない。
なんだ、このまま簀巻きにされるのか。

「気分はどう?」
「……サンドバックな気分かな?」
「なんだそりゃ」

丁度乾いたのか、ストーブの前に干してあった私のワイシャツを手に取ろうとしていたマッシュは、そのままワイシャツを回収し、このグルグル巻きからの解放をしてくれた。
今度はコマな気分だったよ。

勝手に使わせてもらって淹れたけど、飲む?だなんて怖ず怖ずといった感じに聞いてくるマッシュ。
熊と間違われるような大男が何、小さくなってんのさ(熊の下りはティナから聞いたよ)

いただいてもよろしいですか?なんてふざけて聞いてみれば、是非ご賞味くださいませと返されてしまった。
うーん、脱帽するよ。

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