十二番隊地下実験場、そこに喜多はいた。いつもの死覇装ではなく、兄特製の霊子計測用装備を纏い、普段はまともに使っていない斬魄刀を腰に下げている。
実験場には兄の喜助もいて、同じ服装をしている。こちらは何をふざけたか標的デザインで、心臓の辺りに円の中心が描かれている。
「ハーイ、喜多チャン!撃っていいっスよー!」
「いきまァす」
的が手を振る謎な状況下で、射撃者は構えた。一息のうちに、膨大な霊子がざわめく。
「破道の三十一 赤火砲」
詠唱破棄にも関わらず濃密な霊子が練り上がり、赤い線となって的へと直進する。
そして、霧散した。砂埃すら立たない。
的は無傷だった。特に何かをしたわけでも、それこそ反鬼相殺したわけでもない。的である浦原喜助に向かった浦原喜多の赤火砲は文字通り霧散したのである。
「んー…やっぱり無害っスねぇ…」
感想を述べてへらりと笑う兄に対峙する妹は、どこからどう見ても困っている表情だ。
「………これに、回道の機能を持たせてやれないかなァって思ったんだけど。どうかな、お兄ちゃん」
「視点は悪くないっスね。可能な範囲で、実現させましょ」
兄の言葉で、妹の顔は晴れた。
「いやいや、待てゴルァ!!!ナニ勝手に納得しとんや!!!」
実験場の壁に作られていた扉が激しい音を立てて開く。飛び出してきたのは実験白衣を纏った二人。
「オマエ!これどな――――」
「貴様!どうなっているのだネ?!」
「「ひよ里さん、マユリさん」」
「余所余所しく涅と呼べと云っているんだヨ!そんなことよりもだネ!」
自分より上位の席官の発言を遮り、兄妹のシンクロした返答を切り捨て、マユリは叫ぶ。
「浦原喜多の赤火砲の霊子構成はすべて、相手と接した瞬間に相手の霊子構成に変化して無害化された!一体何故だネ?!」
「あー、やっぱりそうだったんスか」
「どういうこと?お兄ちゃん」
自分達のシンクロを切り捨てられた兄妹はやはり二人で会話を始める。納得した方の一人はひよ里によって蹴り飛ばされた。なお、蹴られた顔面は質問した方の一人により、回道で綺麗に元通りにされる。
そんなどこか抜けている光景で、喜助は一人だけ真剣な顔をする。
「皆サン、ここから先は他言無用で」
「「?!」」
「喜多チャンも、話していいんスね?」
「ここにいる面子なら問題ないと思ってる」
困るでも笑うでもなく、兄と同じ真剣な顔をした喜多は、そう言って治療を終えた。
「喜多チャンは昔から、攻撃系鬼道が全く使えないんスよ。先程見てもらった通り、攻撃しても相手に当たった瞬間霧散するっス。相手は霊子のざわめきこそ感じはするものの、衝撃すらない」
縛るのもダメ。でも、結界は張れるんス。喜助の言葉に平行して実演が行われる。確かに拘束は霧散するが、壁は張られた。触れても霧散しない。
「霊圧は問題無かった。コントロールは精密な調整ができるのに大まかな調整ができない謎仕様ですが…まあ、ちゃんと中身までキッチリ詰まった優秀な鬼道を使えるんス。天挺空羅は機能しますし、霊圧で足場だって組めます。実際、先程の赤火砲も喜多チャンによる発動からボクに当たる寸前まで、とんでもない威力の赤火砲してたんスよ」
オニイチャンを殺す気?という言葉に喜多は無言を貫く。目が泳いでいる。
「喜多チャンは回道がメチャクチャ上手です。身内贔屓抜きで。それだけは習った最初から上級者ってくらい上手に扱えました。その実力は、備品を破壊しまくって始末書を書きまくっても六席でいられる程度です」
あまりの不名誉さに誰もが呆れた。喜多が膝から崩れ落ちる。
「回道は死神の霊圧を回復させることが可能。つまり、霊子を死神の身体に送り込む術でもある」
喜助は崩れ落ちた喜多の両腕を掴み、無理矢理立たせる。ひよ里たちに対峙させる位置に喜多を配置する。
「ボクはこう考えています。『浦原喜多は、操作する霊子が対象物の構成霊子に同化する特異体質を持っている』」
驚いた顔で振り向いた喜多の頭を、喜助は優しい手つきで撫でた。
「喜多チャンの赤火砲の霊子構成が、ボクの霊子構成に変化した――――これは、この護廷十三隊において誰一人として持っていない特性です」
「つまり、浦原喜多の回道は『治療される死神本人の霊子を注ぎ込める』ということかネ?」
「ご明察。喜多チャンが重傷者の治療を得意とするのは、その特性によって他人より合理的に回道を扱えるという点が大きいでしょう。軽傷者の治療が苦手なのは、霊子が不足した状態ではないからです。そして、その特性は喜多チャンの身体を離れても継続する。だから、『回道の機能を持たせたい』というのは悪くない視点なんスよ」
頭を撫で続ける喜助の手をペチンと弾き、喜多は一歩前に出る。喜助のせいで髪がグシャグシャになっていたが、気にする素振りはない。
「もしそれができたら、私は攻撃を当てる要領で援護ができるようになります。解析して誰もが使えるようになったら、さらに役立つ筈です。だから、ひよ里さん、マユリさん、どうか手伝っていただけませんか」
喜多は真剣な面持ちでそう言い、頭を下げる。彼女は知らないが、喜助も頭を下げていた。それらを眺めていたひよ里がズカズカと近寄り、ボサボサの喜多の髪を辛うじて留めている髪ゴムを外して結い直した。ひよ里の手が離れて初めて、喜多は頭を上げる。
「喜多は頭下げんでエエ!手伝ったる!」
「いいだろう。ただ、データはとらせてもらうヨ」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
ぺっかー、と喜多の顔は輝いた。そして後ろを振り向く。何故か喜助も後ろを向いた。
「シンジさんと杜屋ちゃんも!よろしく!お願いします!」
実験場の岩陰からひょこ、と二人分の頭が現れる。
「ゲッ、バレとる」
「シンジさんの霊圧は分かりやすいので!」
「ボクも杜屋サンの霊圧はよく読めるっスよ!」
「読まないでほしい、気持ち悪いから」
「嫌われとるなァ、喜助」
そうして、浦原喜多の秘密はこの六人で共有されることになった。内緒にしてくださいね、という喜多の言葉に、あのマユリですら頷いたのはレアな光景である。
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好奇心から、平子は喜多の黄火閃を喰らってみた。
「霧散した…うう…」
「調整ミスにしては殺意が高すぎないかネ?」
「シンジやし、当たればよかったんや」
「目前まで凄まじい霊子の塊が迫ってきて生命の危機を感じたのに、喰らう瞬間何事も無かったかのようになるんはホンマ幻覚かと思うた」
「普通に喰らったら木っ端微塵っスね〜」
「霊術院時代よく撃たれましたけど、慣れれば愉快ですよ」
「「「「?!」」」」