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 天気は快晴、陽の光が降り注ぐ午後。

 西流魂街から少し外れた山奥で、四番隊の死覇装に身を包んだ死神が数名作業をしている。ほっかむり、麦わら帽子等を頭に被る者もいれば、何も被らず手拭いを首にかけている者もいたりと、各々好きな恰好をしながら同じ作業を繰り返す。

 その中の一人、由布子は麦わら帽子を外し、汗ばんだ顔を手拭いで拭う。深紫の瞳が、光を反射して煌めく。

「三席、一かご分貯まりました…」
「今何かご?」
「三です…」
「……もうちょっと…」

 げんなりした部下を何とか労った彼女も、指先を土で黒くし、人形のような瞳にも疲労の色が浮かぶ。その目が捉えているものは野草。それも、薬草と毒草である。

――――これは切れ目が違う。こっちか…

 欲しいものは薬草である。的確に見分けて薬草を摘み取っていく。一か所で大量に取ると後に続かなくなってしまうので、適宜場所を変える。今朝の任務開始から、この場所で四か所目だ。
 傍らに部下が座る。水筒を傾けて一息つくようだ。

「杜屋さん、どうしてこれ、四番隊で栽培できないんですか」
「朝と夜の気温差が必要みたい」
「あー…ここ、結構山ですもんね」

 山登りしんどいです、と手拭いで汗を拭う部下の様子に、他はどうだろう、と周囲を見回す。
 引き連れてきた部下数名は全員女性だ。また、山にはめったに人がいない。感情を波立たせる必要が無いので、かなり気楽に作業ができる。正直、由布子はこの任務を好んでいた。山登りはきついが、時々であれば気分転換にはちょうど良い。

「そろそろ、下山しようか」

 部下の疲労度と収穫量、時刻から下山の判断をした由布子は、水筒を口につける。水出しの麦茶が乾いた体に染みわたるような感覚が伝わる。

 下山して、西流魂街を通過して瀞霊廷へ戻る。帰り道を終えたら採取した薬草を仕込んで、今日の仕事は終わり――――任務の遂行過程を思い描いて、部下たちと四番隊舎へ戻るために歩き始めた。

 ここまでは、いつも通り。

 下山して、西流魂街の街並みが近づく。部下たちの会話に相槌を打ちながら進んでいた由布子は振り返る。

「………」
「どうしました、三席」

 見られているような違和感。どこから、誰が――――考える猶予もなく、違和感は状況として発現する。

 空が裂けた。

「――――全員散開!」

 指示を出し、反応が遅れた部下を蹴り飛ばして自分もそこを離れる。その瞬間、先ほどまで立っていた地面が抉れる。

「メ…大虚…?!」

 部下が叫ぶ。虚の注意がそちらを向いた。

「逃げろ!」

 白くて大きい手による打撃が部下を襲う。咄嗟に蒼火墜を放つが、多少逸れたくらいで部下は攻撃を受けてしまう。

「咲いて、『薄紅葵』」

 刀を抜く。朝焼け色の刀身が陽の光を受けて煌めき、薄紅葵の花冠が一つ現れる。落ちてくるそれを手に載せた。

「卯ノ花隊長のところへおゆき」

 そう告げて息を吹きかければ、瀞霊廷の方向へと舞い上がっていく。

 虚がこちらを向いた。先ほど蹴り飛ばした部下が一番近くにいたので声をかける。

「虎徹さん、怪我人の保護。それができたら皆で荷物を持って瀞霊廷へ戻って」
「っ、三席は?!」
「足止めします」

 霊圧を上げる。踏みしめた地面に薄紅葵の花が咲く。

「…ご武運を!」

 虚の打撃がくる。鬼道を放つために霊子を練り上げながら、刀を振るう。

「舞って」

 言葉に合わせて切っ先を虚の手へ向ければ、足元に咲いた薄紅葵の花弁が舞い上がり、虚の手を包む。

「破道の十一 綴雷電」

 花弁を経由して電撃を放てば、動きが一瞬止まった。その隙に瞬歩で虚の手へと移り、それを斬り落とす――――斬れた。

 何故ギリアンがここにいるかは知らない。だが、細い部位であれば私はあのギリアンを斬り落とすことが出来る。それだけ分かれば充分だった。

 私の斬魄刀は、薄紅葵の花冠を媒介とする鬼道系斬魄刀だ。花冠は『私の思いを載せて』くれる。鬼道の詠唱を載せれば鬼道を発動させ、私の意識を載せれば言葉を伝える。霊力の消費量は多いが、言葉足らずの私を支えてくれる大切な力だ。刀を抜かずとも霊力さえ流し続ければ機能する花冠の性質が、『薄紅葵』の優しさの現れだと私は思う。

 同じ工程を繰り返してもう片手も落とす。悲鳴をあげるギリアンに構うことなく、胴体に切れ目を入れていく。流石に胴は斬り落とせないが、傷はつくので、持久力と酸素と相談しながら一つずつ増やしていく。

 そろそろしんどいな、休憩を挟もう――――そう思った時、仮面周辺に霊力が集中する。

「虚閃…?!」

 まずい、と振り返る。

 予測通り、射線上に流魂街がある。

『あれは防げん』

 『薄紅葵』の言葉が脳内に響く。自分と同じ結論に至った相棒を握りしめ、ギリアンの視線を誘うべく仮面へ近づく。

「せめて、ずらす」
『足場は任せよ』

 あえてギリアンの視界を横切り、後頭部を斬りつける。しかし、ギリアンはこちらを振り向かない。

 カッ、と視界が光る。

「――――」

 風圧で弾かれながら、言葉なく否定を叫ぶ。

 そんな時、シャン、と鈴の音が聴こえる。

「願え、『朝凪』!」

 虚閃の射線上、高い霊圧の攻撃正面に女が割り込む。そして、彼女が突き出した斬魄刀に触れた瞬間、虚閃は霧散した。

 その女は色素の薄い髪をハーフアップにして、緑青色の服を着ている。

「――――喜多、どうして」

 『薄紅葵』が用意した花冠の壁に受け止められながらつぶやいた言葉に、間の抜けた挨拶が返ってくる。

「どーも。仕事前に瀞霊廷をぶらついてたんだけど、話を聞いて飛んできた。はいこれ」
「…何これ」
「お兄ちゃんに持たされた特製ドリンク。飲んだら霊力回復するよ」

 ここから瀞霊廷はかなり距離がある。やたら到着が早いのは、浦原隊長の仕込みあってのものか。…一体何を仕込んだのやら。というか、彼が来れば万事解決だったのではないか。

「とにかく私は虚閃担当ね!――――『朝凪』!」

 鈴の音が広がる。

 喜多の斬魄刀の力は、実はよく知らない。始解が出来ること、始解後は鍔部分に鈴が五つほどついていることしか知らない。
 いかんせん霊術院卒業後から二人そろってずっと四番隊だ。特に喜多は山田副隊長に回道の腕を買われてずっと扱かれていたため戦闘経験が浅い。故に始解を見る機会すらあまりない。だが、見る限り『体質』の拡張器になっているように見える。

 とにかく、渡された飲み物を流し込む。味は微妙だが飲めなくはない。飲んだ瞬間に身体の底から力が湧きだすのが分かった。

 ふわり、と目前に薄紅葵の花冠が舞う。

『報告を、杜屋』

 声が聞こえた。――――花は無事届いたらしい。

 私が花冠に『私の思いを載せられる』ならば、花冠が『他人の思いを載せられる』ということでもある。ただし、私が望むときだけだ。

「喜多!」
「一人でやれるよ!」

 霧散した際に発生する強い風に吹かれながらその返事を聞いて、私は状況報告に専念する。

「任務遂行中に大虚出現。現在浦原六席と共に足止めをしています」
『…応援を要請します。そちらは保ちますか』

 喜多の斬魄刀の鈴の音が響く。虚閃がまた一つ霧散したが、彼女の息は荒い。

「浦原六席の消耗が激しいです。とんでもない威力の虚閃を容赦なく撃ってくるので、街の防衛でかなり疲弊しています。こちらの誘導は無視されました」
『分かりました。他の者は無事に戻ってきました。杜屋、あなたは大丈夫?』
「まだ満足な域です」
『そうですか。…無事に帰りなさい。浦原にもそう伝えなさい』
「承知しました」

 役目を果たした花冠が散る。私はまた霊力を集め始めたギリアンの胴体を斬り、動きを止める。

「卯ノ花隊長が『無事に帰りなさい』と」
「そう命令されては五体満足で帰るしかないよね!」

 喜多はそう返事をして、太陽のような笑顔で笑った。私も、自然と顔が上向く。

「大丈夫。私たちなら、やれる」

 刀を構えなおして姿勢を正し、足に霊圧を込めて踏み込んだ。





戦いに花を咲かせる