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 四番隊に存在する小さな道場。後方支援専門の四番隊においても、最低限の戦闘力は持っていなければ話にならない。故に、そこの出入りはそれなりに頻繁である。特徴的なのは、どんな体格の死神であれ入る時は歩いているのだが、出る時は吹っ飛んだり転がったり這ったりとレパートリーに富んでいることか。

「うぎゃああああ」

 また一人、ゴロゴロと転がっていく隊士。その隊士が転がってきた先にいるのは、栗色の髪と深紫色の瞳を持っている女、杜屋由布子。

「踏み込みが甘い。脇が開いているから差し込みやすい。二段目の動きを素早くすれば、もう少し耐えられる――――次」

 かかってきなさい、と言い切る前に差し込まれる竹刀。由布子は、通常営業の無表情でそれを弾き飛ばし、隙だらけの襲撃者の身体を蹴り飛ばした。

「不意を打とうとする気概は良し、なれど甘い」

 また一人、隊士が吹っ飛んで外へ消えた。

「…次は?」
「杜屋三席、もう伸されてない人いませんよ」
「………」

 倒れている隊士に回道をかける部下を見て、由布子は申し訳なさそうに口をつぐんだが、時はすでに遅い。

「杜屋?」

 道場入り口から発せられた穏やかな声と殺気。部下と二人、ぎこちなくそちらを見れば、四番隊隊長 卯ノ花烈の姿。

「最近暴れてませんものね。そりゃあ、たまには暴れたくもなるでしょう。ええ」
「……えっと、卯ノ花隊長…」
「でもだからって、実力を示す相手が同隊の死神である必要はどこにもありませんよね?」
「………」

 喜多に比べもともと口数の多くない由布子、どうあがいても言い返す言葉が何一つ思いつかず、おとなしく説教を聞くモードへ突入する。しかし、続いた言葉は説教ではなかった。

「なので、あなたには今日、別の仕事を与えます。杜屋三席、十二番隊に出張なさい」
「………?」
「そこで、存分に戦って来なさい」
「……、…隊長、」
「大丈夫。十二番隊が戦闘データをたくさん取りたいと言っていました。つまり、あなたがどんなに斬っても問題ないのですよ」
「な、何故四番隊の私に…?」
「いいから、行きなさい。いいですね?」

 卯ノ花の強烈な笑顔に、由布子は反論も疑問も差し込む余地なく降伏した。




 十二番隊隊舎前。

「こんにちは。卯ノ花隊長に言われて来ました、杜屋です」

 そう声をかければ、門が開く。案内されて敷地を進み、とある建物の前で案内役が交代する。

「やっと来たかネ。待ちくたびれたヨ。…ほう」

 出てきた男…かなり特殊な見た目をした男らしき死神は、涅マユリと名乗った。三席、同格だそうだ。

「卯ノ花隊長に似たような女だネ。戦闘狂の紹介する女だ、君も戦闘狂に違いない」

 何と返事をすればよいのか戸惑っている間に、「隠すことは無い」と相手から戦闘狂認定を再度されてしまった。面倒になったので、それでいいことにした。

 彼について隊舎内を歩く。技術開発局が設立されたからか、白衣を着た隊士が多い気がする。いつの間に作ったのか、もしくは以前からあったのか、地下への階段を降りる。先にあったのはかなり重そうな扉。実際重たかった。

「今日は戦闘データの計測をする。十一番隊から二人引っ張ってきたが、女のデータも欲しい。そこで呼ばれたのが君というわけだ」

 成程。何故データ計測するのかが全く分からないが、仕事である以上やらないという選択肢はない。

 土むき出しの更地と壁面に描かれた青空が特徴の広い部屋に立ち入る。中には十一番隊の男二人と、ひよ里さんの姿。他にも隊士がいくらかいたが、木刀を持っているのは彼ら三人だけだ。

「君もこれを使いたまえ。計測機器が仕込んである。木刀だが強化してある、容赦なく使ってくれて構わない」
「はい。斬魄刀は?」
「あそこにいる女にでも預けたまえよ」
「…?」

 涅さんが指さす先に、十二番隊ではない隊服の女死神の姿が見えた。…どう見ても見知った顔だ。

「あー!杜屋ちゃん!」

 柔らかな色素薄めの髪をハーフアップにして、十二番隊の隊長とそっくりな顔を驚いた表情にしている女――――間違いなく、喜多だ。瞬きの間に目前まで移動してくる。

「杜屋ちゃんもお兄ちゃんに取っ捕まって来たの?」
「卯ノ花隊長に差し出された」
「あー…杜屋ちゃん強いもんねェ…お兄ちゃんに強い女死神に心当たりはないかって聞かれたから、卯ノ花隊長って言っておいたんだけど、流石に隊長は召喚できないか」

 その発言のせいで私が呼ばれたということは、私も実質、浦原兄に取っ捕まったということになる。…つまり、この実験は一応、浦原隊長の許可が下りている実験なのだ。疑いもなく、普通に仕事なのだということが分かった。

「私は回復要員と緊急時の介入要員だよ!血止め含め医薬品たくさん持ってきたから好きに暴れてね!できれば十一番隊に重傷を負わせてくれると私が楽!」
「木刀で重傷はあまりないと思うし、医療従事者にあるまじき発言だと思う」
「そうなんだけどしょうがないじゃん〜」

 確かに、喜多の特性を思えばしょうがない。…しかし、回復要員まで完備とは、本当に朝から晩まで戦わせる気なのだろうか。…もしくは、この実験にそういう要員を置いておかないとあの涅という男が暴走するのだろうか。

 まあ、何か起きたら、喜多が解決してくれるだろう。そのために呼ばれている。

「浦原喜多、始めたいのだが?」
「あっはいマユリさん。じゃあ頑張ってね」

 喜多が私の斬魄刀を預かり、やはり瞬きの間に壁際へ移動した。私はひよ里さんの隣に並ぶ。ひよ里さんはかなり不機嫌だ。

「男チームと女チームで戦ってもらう。使用していいものは木刀と霊圧。鬼道も使ってくれて構わない。性差が気になるところではあるが、男は席官二人、女は上位席官と副隊長の二人。バランスは取れるんじゃないのかネ」
「何でもエエねん!はよ始めんかい!」
「猿柿副隊長に同意だぜ!」
「右に同じ」

 皆、血の気が多すぎる。…かくいう私も、気分が高揚していることは否定できない。

 配置につく。丸刈りの男が両手に木刀を構えた。隣にはおかっぱ頭の男。

「更木隊の斑目一角!」
「同じく、綾瀬川弓親」
「"更木"…?」

 誰だ、と首を傾げた私に、彼らは『次の隊長だ』と言った。どうやら、十一番隊はまた隊長が変わりそうだ。

 ひよ里さんはゆったりとした姿勢で、私は正面で、木刀を構える。

「十二番隊副隊長、猿柿ひよ里や」
「四番隊三席、杜屋由布子です」

 挨拶を皮切りに、試合が始まった。

「破道の三十一 赤火砲」

 詠唱破棄の一撃を容赦なく撃ち込む。初撃で試合が終われば愉快だと思ったのだが、流石にそうはいかない。

「すみません、ひよ里さん」
「いや、悪くなかったで」

 砂煙の中から飛び出してきた斑目さんをひよ里さんが蹴り飛ばし、瞬歩で離れていく。私はというと、

「随分野蛮な戦いをするね!」

綾瀬川さんが突き出してきた木刀を受け止めた。…やはり力が強い。弾いて距離を取る。私が野蛮なら、あなたは脳筋だと思うが、そこのところはどうなのだろうか。

「十一番隊が四番隊に負けるなんて、それは美しくない」
「そうですか。つまり、あなたは醜いのですね」

 彼がキレたのが分かる。だが、私だって同じだ。――――あいつは、四番隊を馬鹿にした。

「「絶対ブッ倒す」」

 こうして、木刀による殴り合いが始まった。



 砂埃や爆風が発生し始めてからしばらく後、実験場の扉が開く。

「やってますねェ」
「お兄ちゃん」

 現れたのは隊長羽織ではなく、白衣を羽織って紅姫を片手に持った喜助。喜多の隣に座り、暢気に観戦を始める。

 彼の視線は暫くの間、自分の副隊長を追いかける。格下から一撃も貰わずにあしらっているあたり、やはり実力は高い。…ここ数日わざと蹴られてはいたが、確実に当ててくる彼女の素早い攻撃は優秀だ――――という感想を抱きながら、もう一人の女に視線をずらす。

「ほう………喜多チャンの友達、」
「杜屋ちゃん」
「杜屋サン。…彼女、なかなかいい」

 斬撃を躱し、隙あらば打ち込む。刀だけでなく蹴りも鬼道も使うあたり、戦闘のセンスは高い。燃費を考慮した動きもかなり訓練されている。喜助の目が捉えた情報は、二番隊時代を思い起こさせる内容が多い。

「四番隊にいるのが不思議でしょ?」
「そっスね。夜一サンが気に入りそうだ」
「でも、卯ノ花隊長が目をかけてる」

 深紫の瞳は、闘志に燃え、輝いている。

「確かに、隠密って柄ではない」

 あれは闘いに魅入られた者の瞳だ。先日一目見た、穏やかというには色味が無さすぎる人形の瞳とは全く違う、生きる瞳。だが、純粋な戦闘狂というには、弱さが見える。

「………」

 木刀を使っている割にはあちこちから砂埃やら何やらいろいろ舞っている。ヒートアップしすぎではなかろうか――――実験終了の言葉が喜助の脳内に浮かぶ。

「データ計測開始からどのくらいっスか?」
「もうじき一時間」
「そろそろ止めないとマズいんじゃないっスかね」
「マユリさんが何て言うかなァ…」
「喜多チャン、隊長はボクなんスけど」

 マユリさーん、と喜多が暢気に声をかけに行く。喜助はそれを見送り、視線を由布子に戻す。

 かなり長い時間動き続けているにもかかわらず、疲弊していないように見える。表情に変化がない。しかし、それは外見だけであり、実際はそうでもないらしい。

 足を滑らせる。動きが一瞬止まった。対戦相手の男が狙いを定める。

「もらった――――!」

 しかし、彼女の方が一枚上手。練りあがった鬼道の気配を察知した喜助は紅姫を持って立ち上がり、地面を踏む。

「破道の三十二 黄火閃…!」

 由布子と男の間に割り込み、黄火閃を相殺する。そして、次の動きを取ろうとしていた由布子の手首を取って動きを制止。男の方は背中越しに紅姫で木刀を受ける。

「イヤ〜、危ない危ない」

 見開かれた深紫の瞳がこちらを見る。

「おしまい。これ以上はダメっスよ〜。十一番のキミだって黄火閃で吹っ飛びたくないでしょう」

 喜助が後ろを向いて男の方を見れば、悔しさに顔を歪ませた様子が見える。軍配がどちらに上がっているかは公然、当事者に分からないわけがない。

 こちらにやってきた自分の部下に声をかける。

「データは取れた。そうでしょう涅サン、阿近サン」
「チッ」「はい」
「これ以上はいけません。終わりです」

 ひよ里の方は喜多が止めに入っている。彼女は得意の音無し気配無し急接近で斑目の正面へ割り込み、突っ込んでくる彼をそのまま投げ倒した。そのまま、勢いを殺しきれずつんのめる様に突っ込んでくるひよ里はうまく力を発散させて受け止めている。

――――まァ、速度で言えばそこまで速い部類でもないから、喜多チャンには余裕か。

 様子を眺めていた喜助は口を開く。

「喜多チャン」
「はいはーい。…じゃあ綾瀬川さんから治しますかね」

 掴んだ手を放し、ちらりと正面の女の瞳を見る。

 そこに先ほどの輝きは無く、いつか見た人形の瞳だった。 




 由布子にとっては散々暴れられて楽しかった一日の終わり、夜。

 四番隊宿舎の一室――――家主は自分。静かな空間で一人酒を飲もうと準備していたところ、

「コンバンハ」

窓から、突然の来客。咄嗟に酒は隠した。

「………こんばんは」

 挨拶を返しつつ由布子は呆れた。仕方がないので入るよう伝えると、女性の部屋なのでと遠慮される。いや、遠慮するなら窓から来ないでほしい。そもそも、家に来ないでほしい。昼間、十二番隊にいるときに用事を済ませてほしかった。

「今日はボクの部下がご迷惑をお掛けしたっスね、スミマセン」
「いえ、楽しかったので問題ありません。何用でしょうか」

 丁寧に下駄を脱いで仕舞い、窓際に座り込んだ男は、へらりと笑う。

「お近づきになりたいんで、自己紹介しに来ました。ボクの名前は浦原喜助っス」
「………」
「おや?」
「………何故?」

 思わず低い声が出てしまう。…これは、私がいけない。彼が少し引いている。

「興味を持っただけっスよ!喜多チャンがめちゃくちゃ懐いてて、ひよ里サンも気に入ってるみたいだし、平子サンも知ってるみたいだし!」

 両手をバタバタ振って白旗を揚げていた彼は、スッ…と目を細めた。

「………先日の、あの衣擦れの音すらない身のこなし、お見事でした。隠密機動出身じゃ無いっスよね」
「喜多が見せてくれるので、真似をしました」
「アノ子ったら…ハア…」

 ガシガシと頭を掻いた後、彼はこちらをまっすぐ見据える。喜多と同じ瞳がこちらの目を射抜く。

「その深紫の瞳。とても綺麗です」

 …驚いた。

 満面の笑み。さっきまでのへらりとした表情とは違う。おそらく作り物ではない、本当の笑顔だ。

『その深紫の瞳、とってもきれい!』

 思い出されるは霊術院三年目の出来事。そのときのあの子の顔とそっくり。

 ああ、この人はやはり、喜多の兄だ。

「………喜多があなたの私生活に呆れていたので、私はその言葉を素直に受け取ることはできません。ですが、ありがとうございます」

 名乗って、普通に会話をする程度の仲にはなってもいい。

「杜屋由布子です。四番隊で三席を務めています。喜多とは霊術院からの同期です」
「よろしくっス!………あの、妹はボクの私生活について一体何と?」

 言っていいだろうか。…きっと、言っていい。

「『破廉恥』」
「――――喜多チャン?!ちょっと!!!」

 音もなく姿が消えた。…喜多より圧倒的に早い、流石は隠密機動出身。

 遠くから喜多の悲鳴が上がった気がした。それには反応せず、晩酌を開始した。



 後日、過去に浦原隊長を追って家まで来た女がいたこと、その人に喜多が弟と勘違いされた上、浦原隊長の代わりにされそうになったことを聞いた。

『お兄ちゃんの変態!バカバカバーカ!』

 喜多の言葉には納得しかなかった。

『さ、最近はそういう生活してないっスよ!』

 浦原隊長の言葉には軽蔑しかなかった。




戦闘狂と科学者の集い