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 今日の四番隊席官室も、平和なものであった。終業間際、当日分の仕事はすべて終わり、穏やかな空間が広がる。

 終業の時報が鳴る。その中を、

「どぉもぉ、貰ってくでー」
「えっ待ってデジャヴなんか別人だけどォ!!」
「浦原………」

突然の闖入者が割って入り、伸びをしていた女をかっさらって窓から飛び出していく。

「喜多!」
「杜屋!?」

 前回と違ってその様子を席に座って見ていたもう一人の女は、無表情とはいえ深紫色の瞳を少し見張って、慌てて自分と喜多の斬魄刀・草履を手に取り、窓から飛び出していく。

「まあいいか、もう終業だ」

 ほら、帰れ――――副隊長の一声で、四番隊席官室はまたも平静を取り戻した。



 ざわざわと賑やかな場所。目前にはお通しと酒。周囲を見れば、猿柿副隊長、杜屋ちゃん、鳳橋隊長、六車隊長、久南副隊長、愛川隊長、そして平子隊長。私の左右に猿柿副隊長と杜屋ちゃん、正面に平子隊長という全面包囲の座席である。

「喜多チャン何呑む?めんどいから喜多でええか?」
「あっ喜多に酒はダメです。飲めないので」
「しゃーない、冷茶や」
「え…?え、え…?」

 状況が飲めない。分からない。私はさっきまで四番隊席官室にいて、日報を書き終わって伸びをしていたところだったのに。

「では、新しい出会いにィ、カンパーイ」
「「「「「「乾杯!」」」」」」
「か、かんぱーい…?」

 平子隊長の音頭で宴席が始まった。隣で杜屋ちゃんは普通に日本酒を飲んでいる。猿柿副隊長もいつの間にか配膳されたらしい枝豆をつまんでいる。

「ほれ、オマエも何かつまめや」
「いや、それより先に状況の説明が欲しい…」

 思った以上に泣きそうな声が出た。

 いや、だって顔は知ってるけど面識のない隊長格がたくさんの状況、一介の席官にはハードすぎません?

 ん?お兄ちゃんはともかく、夜一さん、(鬼道衆だけど)テッサイさんと馴染みだろうって?彼らは別だ。そう、幼馴染枠。兄は家族枠。

 とにかく私はどうしてこの宴席にいて、食事を勧められているのか全く分からないのだ。むしろ、隣で当然のようになじんでいる杜屋ちゃんが凄い。

 声を出してから約一秒、以上の内容を脳内で高速詠唱した私は、六車隊長の「当然だな」という言葉に救われた。彼が常識人に違いない。

 閑話休題。

「はーい!九番隊副隊長の久南白でっす!白って気軽に呼んでね!」

 黄緑色のショートヘアのお姉さん。緩やかなパーマがお洒落だが、そこはかとなく変人の香りがする。

「九番隊隊長、六車拳西だ」

 ムキムキな腕が特徴の常識人さんだ。でも、六車九番隊の羽織はダサい。

「七番隊隊長の愛川羅武。こっちの金髪は三番隊隊長」
「鳳橋楼十郎だよ。ローズって呼んで」

 やたら身長が高いアフロと、ちょっとナルシストっぽそうなバラの人。仲良いんだろうな。

「えっと…四番隊六席 浦原喜多です。猿柿副隊長と杜屋ちゃん以外の方は初めまして。よろしくお願いします」

 噛まずに言えた――――が横から肘鉄を喰らう。

「痛い!」
「猿柿副隊長なんて言わんでエエ!」
「はい…?」
「ひよ里でエエ言うとるんや!杜屋も!」
「承知ですひよ里さん」

 臓物が飛び出たかと錯覚しそうな一撃だったが、無事に意識を保って返事が出来た。反射で防御する隠密機動仕込みの身のこなしに感謝である。

「ではお言葉に甘えてひよ里さんと。――――杜屋由布子、四番隊三席です。今日は喜多を追いかけて乱入してしまって申し訳ありません」
「ああ、ええねんええねん。ひよ里が喜多を誘拐すれば杜屋も呼べるって言うとったしな」

 正面の平子隊長から何だか物騒な発言を聞いた。しかも私、ダシにされてね?

「五番隊隊長、平子真子や。仲良くしようや」

 私の扱いといい、そう言って笑う様といい、どこか兄に似ている。…きっと、面倒な人だ。

――――そうだと知っていたら毎度吹っ飛んでくるたびに回道をかけるのをやめて、そのまま蹴り返してたのに。

 失礼なことを考えながら、冷えたお茶を口に流し込んだ。



 時間が進み、皆がだんだん酔ってくる。初めての集団に突っ込まれた私はそれなりに緊張はしていたが、楽しく素面でいた。いたのだが。 

「どないなっとんやアンタの兄貴!」
「お兄ちゃんが誠に申し訳ありません!」
「土下座案件はやめんかい!!!」
「はーい喜多、ステイステイ、どうどう」

 酔ったひよ里さんが突然我に返って怒りを思い出してしまった。頭を下げようとして、酒飲み二人に制止される。これ、どっちが酔っ払いか分からないな?

「ハア?土下座案件?なんやそれ」
「喜多の必殺技や」

 必殺技ではない。生きる術である。

 思考は時を少し遡り、先日行われた喜多のナチュラルビューティー土下座会場に戻る。

『何しとんねん?!』

 四番隊の庭で、私は音もなく、土下座をキメた。

『お兄ちゃんは絶対に何かを考えて隊長の座についてます。なので人の顔色を窺わなくなったら本番です』

 顔を上げる。私を止めようとして間に合わなかったらしい杜屋ちゃんが腕を伸ばしたまま固まって驚いていた。いつも無表情なのに、今日は口が少し開きっぱなし…レアだ。いつもより開かれた瞳も美しい。ああ、もう忘れられない。

『きっととんでもないことをやらかします。訳わかんなくて猿柿副隊長が発狂する未来がもう見えまくってて。でも、お兄ちゃん、絶対に護廷十三隊や皆の為にならないことは絶対にしないんです。不器用で分かりにくい男ですが、絶対に猿柿副隊長を貶めたりしません』

 その隣で、ひよ里さんは腕を組んでムカつきを前面に押し出しつつも静かに聞いてくれる。

『何かあったら全部お兄ちゃんのせいにすればいいので、どうか見捨てないでやってください…!』
『どうして結論がそうなるんや!』

 嘘です。激しいツッコミを貰い、私は宙を舞った。

 回想終了。

「お前もなかなかアレやな」
「お兄ちゃんがしでかしたことの責任まで取れないですよ」

 座席の隊長たちが呆れ顔になる。初見から呆れさせていくスタイルはおそらく浦原家特有のスキルか何かだと思う。お兄ちゃんもそうだし。

「喜多は四番隊で備品破壊による始末書提出量トップランカーですからね」
「とんでもない兄妹だな」

 何をばらしてくれとるんか、と杜屋ちゃんの肩を掴む。常識人六車隊長がドン引いていらっしゃるじゃないか。なお、彼女は素知らぬふりをして熱燗を注文した。まだ呑むのかこの美人。

 まあでも、と平子隊長が口を開く。

「回道の腕は本当に優秀やな。いつもおおきにな」
「私、平子隊長に恩着せがましいことしましたっけ?」

 とぼけた。滅茶苦茶睨まれた。怒りの方ではない、呆れだ。

「ここ十年くらい不定期で回道をかけてもろてんのに礼の一つも言わせず去っていく奴はオマエやろ」

 「隠密機動かよ」と愛川隊長に言われた。ローズ隊長が「浦原の妹だよ?」と突っ込む。悔しいが大正解である。私の基本的な戦闘スキルの仕込みはそこだ。分からないことはすべて兄に聞いていた。

「先日喜助が隊長になってハジメマシテしたときに驚いたでホンマ………回道かけてくれる女の子に顔ソックリやねん。で、聞いてみたら恐らく妹や、四番隊六席やって言うから、誘拐してん」
「最後で途轍もなく犯罪者」
「兄の許可得てるから問題ないやろ」
「あの兄絶対殴る」

 お兄ちゃんに殺意を覚えたところで、夜も深まってきたので宴会はお開きになった。お代は平子隊長が私の分を払ってくれた。申し訳ない。杜屋ちゃんはひよ里さんに頭を下げていた。そういうことだろう。

「世話になっとるからなあ。――――これからも頼むで、ひよ里にどつかれた時とかな」
「ああ?!何言うとんねんハゲシンジ!」
「ハゲ言う方がハゲや!バカ!」

 先輩風を吹かせようとして最後に締まらないこの感じ。本当に兄に似ていて面倒くさい感じしかしない。…だが、まあ、うん。

「今日は楽しかったです。また機会があれば呼んでください」
「呼ぶ呼ぶ。任せとき」
「ごちそうさまです。白さん、今度おはぎをご馳走しますね。ひよ里さんも是非」
「十二番隊で食べようひよりん!」
「杜屋はええが白も来るんか面倒やな」

 店の外へ出る。またなァ、じゃーねー、その他たくさんの声に頭を下げ、杜屋ちゃんを送るべく、四番隊宿舎への道を歩いていく。

「楽しかったね」
「…うん」

 ちらりと隣の彼女を見る。

 横顔に変化はない。だが、夜空を眺めている深紫色の瞳は、心なしか輝いている。

「おはぎ、美味しいやつ作れるの?」
「毒見は喜多ね」
「うへぇ」

 後日、とんでもなく美味なおはぎを出されて泣いた。美人は何でもできる。




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