休憩時間、昼食を食べるために外へ出た喜多は空を見上げた。今日も空は青く、高く見える。なんてことはない、いつも通りの景色。
視線を正面に戻した時、長い金髪の後姿が見えた。
「シンジさーん!」
声を掛けつつ近づけば、のっぺりとした顔がこちらを振り向いた。今日はまだひよ里さんと殴り合っていないのか、腫れも傷もない。いや、毎日殴り合われるのは困るので、このまま平和でいて欲しいのだが。
「お疲れ様です!」
「おー、喜多。暫くぶりか?」
「そうですね。最近外に出ない仕事ばかりしてたんで」
「どーりで会わない訳や」
外に出ないようにしていた理由は一つ。流魂街の住人が"消える"事件の発生だ。
『喜多チャン、生きている人の形を調和させて霧散させたことはありますか』
先日、職務中に卯ノ花隊長に呼ばれて隊首室へ向かえば、そこにはお兄ちゃんもとい十二番隊隊長が同席していた。お兄ちゃんは私の同意のもと体質――――『調和』について説明をした後、その質問を飛ばしたのだ。
『何言ってんの?したことないよ』
『そう、そうっスよね』
『………浦原六席、それはやろうと思えばできるということですか?』
卯ノ花隊長の熱くも冷えもしない無感情な声が私に突き付けられる。もしかしなくても、疑われているのか。
『…おそらく、できません』
『何故』
『私は霊子の種類を自覚できているわけではないです。だから、意図的に相手の構成霊子を理解して操作することはできません。回道だって、特に何かを意識して展開してるわけでも何でもなく、ただ私が行った結果が勝手に変換されているだけなのだと思います』
努めて冷静に、回道砲の研究過程で判明した自分の体質の限界を説明していく。お兄ちゃんも隣でデータの書かれた紙を引っ張り出して、卯ノ花隊長に提示している。
『成程。――――ほかに、この体質を知っているのは?』
『杜屋三席、平子隊長、十二番隊の猿柿副隊長と涅三席です』
お兄ちゃんが頷く。二人ともが苦い顔をしているのは何なのか分からず、首を傾げる。
『もしこの事件に敵がいるなら、そして浦原六席の体質を知っていれば、その敵は浦原六席を犯人に仕立て上げようとするでしょう。私が一瞬でもあなたの体質を疑ったように』
自分の手が熱を失っていくのが分かった。背中を冷汗が伝う。
『暫く、隊の宿舎に泊まりなさい。私の隣に部屋は準備します』
『妹をよろしくお願いします』
兄が頭を下げた。卯ノ花隊長は微笑んで、私の肩に手を置く。安心しろということなのだろうが、私は内心穏やかに保つことなど出来ない。
何か、とんでもないことが起きている――――
「喜多?どないしたん」
「!」
ひょこっと視界の外から現れた端正な顔に仰け反る。何でもないと返せば、彼は笑う。気づいていて深掘りしてこないその対応が、今はとてもありがたい。
「飯行かへん?昼これからやろ」
「行きます!!!」
どこにする?魚食べたいです!
二人並んで飲食街へと歩いていく。なんてことはない、普通の日常。
このまま、何事もなく事件が解決してほしい。
そう願うくらいには、この日常を手放したくは無かった。
幾日も立たぬうちの夜、単身用の一室。表札は杜屋。
『――――!』
「………!?」
何かの叫びを聞き、就寝していた由布子は目を覚まして飛び起きる。気配を探るが、虚のような違うような、奇妙な感じだ。これ以上の情報がない故に判断がつかないため、寝巻きから死覇装に着替えて外出の支度をする。
斬魄刀を掴み、部屋を出る。そのとき、不意に聞き取ってしまった。
『――――サン、ひよ里サン!』
足に込めた霊圧を霧散させて建物の屋根に登り、
「『薄紅葵』」
斬魄刀の名を呼んで目を凝らす。
――――あの声は、浦原隊長だ…。
ひどく焦っている。声の遠退き方を検討するにかなりの速さで移動しているのは分かったが、どんなに探っても霊圧が感じ取れない。認識阻害の役目を果たす何かを使っているのかもしれない、多分。
「『薄紅葵』、わかる?」
『あっちじゃな』
『薄紅葵』の指示に従って走り出す。霊圧を感知できずとも、心の声を認識すれば追いかけ続けてくれる相棒が頼りだ。
『あちらが早い、離れすぎる』
「………っ!」
足に込める霊圧を上げる。流石は二番隊で三席を務めた男、戦闘能力には事欠かないらしい。
彼を追いかけて瀞霊廷の外れまでやって来た。そのまま外に出るようで、今まで伝ってきた屋根から飛び降り――――頭が考えるより先に刀を抜く。
「ほう、お見事」
「………!」
『薄紅葵』で受け止めたものは斬魄刀。相手の力が強いので弾いて距離をとる。
「どこに行かれますかな?四番隊の杜屋三席」
「助けを呼ぶ声が聞こえましたので、現場に向かいます」
「はて、何の声やら」
下らない会話の間に相手を観察する。五番隊、ガタイのいい男、筋肉量を見るに力業で戦うタイプ、不利だ。だが、負けはしない。
「早く四番隊にお戻りなさい」
「私は聞いた、故に押し通る」
「物わかりの悪い女だ」
なめ腐った太刀筋を見切って避ける。そのまま切り伏せようとして、
『ここにいなければ巻き込まれんかったのに、不運やってん』
突然変わった研ぎ澄まされた太刀筋で身体を深々と斬られる。しかし痛みよりも混乱が身体を襲う。
――――違う…!
この男の中にいる奴は、この男じゃない。声が違う。
『悪いなァ、四番隊の人』
誰だ、誰だ、誰だ、思い出せ!
『折角ケガ、治してくれはったのに仇で返して申し訳ないわ』
「………!」
刃を刺し込まれる激烈な痛みと共に、身体が倒れる。冷たい石畳を知覚して、何もわからなくなった。