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 四番隊の宿舎、卯ノ花隊長の隣室で眠りこけるのは喜多。良くも悪くも、自宅に帰れない生活は寝る以外にすることがない。兄の面倒を見なくてもいいという解放感もあり、職務以外は暇を持て余す生活をしていた彼女だが、その暇は突如打ち切られる。

「浦原、起きなさい」
「…卯ノ花、隊長ぉ?――――急患ですか」
「そうです」

 飛び起きるや否や、着替えもそこそこに上着を羽織って斬魄刀片手に部屋を飛び出す。隊の宿舎に泊まっていることが幸いして、自宅よりも職場が近い。

「かなりの量の霊圧を求められるでしょう」
「傷は深いですか」
「はい。時間が経過していて、出血量が多かったようです」

 職場に到着し、卯ノ花隊長が背を向ける。

「山田副隊長や皆と協力して、救いなさい」

 今の私は知らない。後に尸魂界を揺るがす大事件における私の運命は、次の言葉で定まったことなんて。

「浦原喜多。決して、四番隊舎から出ないように」

 これがなければ、浦原喜多の自由は無かったかもしれない。



 卯ノ花隊長と別れた喜多はオペの身支度を整え、斬魄刀を握りしめて集中治療室に向かう。そこで目にした光景に、思わず足がすくんだのは、相手が予想外だったから。

 寝かされているのは、陶磁器のような肌は血の気を失い真っ青で、栗色の髪には血がこびりついていて――――

「っ、杜屋ちゃん、」

何がどうあっても、見間違えることはない親友だった。

「浦原、――――浦原!」
「や、山田副隊長」
 
 震え始めた背を、副隊長に叩かれる。その時初めてこの室内に今日の担当における屈指の精鋭が揃えられていて、私の膨大な霊圧が必要とされていて、何より誰もが彼女を救おうと真剣に考えていることに気付く。

 そうか。私は一人じゃないし、杜屋ちゃんも一人じゃない。

「なんとしても繋げ。まさか、友を救うのに始末書増やしたりなぞしないよね?」
「…はい!ありがとうございます!」

 両手に力を籠める。

「いいかお前たち、浦原六席がメインだ。周りは血止めと消毒のサポート。こいつには何が何でも霊圧を三席にぶち込んでもらう」
「「「はい!」」」

 許可を得て、『朝凪』を始解する。鞘に入れっぱなしでも発動する私の斬魄刀の効果は、増幅した自分の霊圧と、治療に使われて周囲に漂う皆の霊圧を調和させ、杜屋ちゃんの傷口へ浸透させていく。

――――大丈夫、足りる。治せる。

 日頃持てあます全ての霊圧を使いつくす勢いで、喜多は力を振るった。その治療は夜通し行われ、夜明けとともに由布子の傷はふさがり、彼女の命はつながれる。

「よくやった」

 副隊長の労いがすっからかんの身体に響き渡る。治療室から病室に移される彼女を眺める喜多は、返事も中途半端に安堵の涙をこぼした。



 それからはずっと、喜多は由布子の担ぎ込まれた病室にいた。

「………」

 自室に帰ってもすることはないし、今日の本来の出勤は先ほどまでの勤務で溶けてなくなった。外には出られないし、卯ノ花隊長に直々に「四番隊舎から出るな」とお達しを受けた以上、この事件がひと段落つくまで、私は治療以外何もできない。

 普段着の木綿に着替え、同僚が気遣ってくれた簡易ベッドも断って、彼女の傍に椅子を置いて座る。

「浦原、杜屋の件だが」

 夜明け前、山田副隊長が杜屋ちゃんを斬った相手についてわかる範囲のことを教えてくれた。

「詳細は分からない。だが、このタイミングで五番隊から一人行方知れずが出ている」
「そうですか…もし見つかって、彼が犯人なのであれば、私に殴らせてくださいね」
「殺させろって言わなかったことは安心かな」
「忍ぶのは得意ですが殺すのは得意ではないので」
「お前は『治す』奴だからな」

 そう言った副隊長は、急須と湯飲みを置いて出ていった。…ありがたい心配りではあったが、何も飲食する気が起きないのでそのまま置きっぱなしだ。

――――………。

 杜屋ちゃんの様子、だが。治療開始時と比較して顔色はマシになったが、意識が戻らない限り安心はできない。近いうちに目は覚めると思うのだけれど。ただ彼女の手を握りしめ、静かに時が過ぎるのを待つ。

 夜が明ける。しばらくそのままでいると、彼女の手が震える。

「っ、杜屋ちゃん…!」
「………、…喜多…?」

 椅子を倒す勢いで立ち上がって顔を見ると、深紫の瞳がこちらを見ていた。

「ああ、良かった!待ってて、今副隊長呼ぶから」
「待って」

 彼女の一言でぴたりと止まる。深紫の瞳に、闘志が宿った。

「私、浦原隊長を追いかけていたの」
「え?」
「認識阻害をかけて、おそらく全速力。瀞霊廷の外に行きたいようだった」

 知らない話を聞かされている。しかし、それがどうして杜屋ちゃんの重傷につながるのか。

「喜多、私を斬った奴、誰」

 私を置いてきぼりにするがごとく言葉が続けられる。あの兄のお陰でそういうことには慣れてはいるので、質問に答えた。

「まだわからない、けど、五番隊で一人行方知れずが出てるって」
「違う。思考はそいつじゃなかった」
「――――杜屋ちゃん、それ、」
「私もよく、わからない」

 言葉を遮るように彼女がそう言った瞬間、扉が叩かれる。扉を開ければ、朝の体調確認に来た後輩がいて、杜屋ちゃんが起きたことを確認すると慌てて上司を呼びに行く。

「喜多、ありがとう。とりあえず、寝てきなよ」
「…うん」

 杜屋ちゃんは、誰かがいる状況でこの話を深く掘り下げるつもりがないらしい。ならば、私はそれに従うべきだろう。

 病室を出る。


 …色々と混乱している自覚はあった。


 何故杜屋ちゃんは斬られた?お兄ちゃんを追いかけていたから?
 お兄ちゃんはどこへ行っていた?瀞霊廷の外だろうが、何故認識阻害なんてする必要が…ああ、命令違反か。普通だわ。

 だとしたら、尚更分からない。

 何で杜屋ちゃんは五番隊を装った敵に斬られねばならなかった?

 霊圧不足と睡眠不足でふらつきながら宿舎へ戻る。ふと、外に気配を感じて引き戸を開ければ、黒尽くめの男性が数人立っていた。

「四番隊第六席 浦原喜多様――――十二番隊隊長 浦原喜助様に、中央四十六室より強制捕縛礼状が出ております。そして貴方に、参考人としての拘束命令が出ております」
「………え?」

 戸を掴んでいた手を取られて拘束される。反射的に縄抜けをしたくなるが、気合で押しとどめられたのは幸いだった。

「つきましては、中央四十六室までのご同行をお願いしたく」
「どうして、何で――――」
「お待ちなさい」

 訳が分からない、と噛みつこうとする私を制するように、もしくは中央四十六室の捕縛担当者を止めるように、卯ノ花隊長の声が響いた。

「浦原は今の今まで重傷者の治療を行っていました。事件当時は四番隊舎ですよ」
「しかし、?!」

 重さに負けて頽れる。卯ノ花隊長が霊圧を引き上げたのだ。普段なら余裕で耐える私も、霊圧すっからかんの状態ではどうにもならない。私を捕まえている男も、その周囲も、脂汗が滲んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。

「拘束は、四十六室で行うという命令ではないのでしょう?ならば、隊首室に留め置きます。…それとも、霊圧を消耗した状態の彼女を拘束して衰弱させますか?」
「…四番隊隊長 卯ノ花烈様による拘束を確認しました。中央四十六室より呼び出しがあった際はご対応を」

 卯ノ花隊長が微笑み、地獄のような圧力から解放される。息が苦しい。

「承知しました。浦原、立てますね」

 拘束が解かれて、卯ノ花隊長に気付けよろしくな丸薬を飲まされて若干霊圧が戻る。

「卯ノ花隊長…」
「あなたが何もしていないことは解っています。ですが、あなたのお兄さんについては弁護できません」
「………」

 先ほど歩いてきた宿舎への道を、また隊舎に向けて歩いていく。深夜と同じように、卯ノ花隊長と一緒に。

「一晩中働きづめだったんですもの、少し休みなさい。恐らく、事態はもう引き返せません。ならば、考えるのは一眠りした後でも変わらないでしょう」
「………どうして…」

 隊首室へ立ち入った。卯ノ花隊長が部屋の隅に布団を敷いて、そこへ誘導される。もうすっかり訳が分からない許容範囲を超えていて、目からぼたぼたと涙がこぼれる。

「泣かない。…兎に角、一休みなさい。起きたら、あなたはお兄さんの無実のために、働き通しになるかもしれないのですから」
「………はい」

 涙を拭う。

「ありがとうございます、卯ノ花隊長」
「礼を言うには、まだ早いですよ」

 そう言って出ていった隊長の優しさに感謝する。…とりあえず、寝てしまうしかないだろうと、さくっと布団に入った。





 喜多は再び目を覚ます。太陽は南中を過ぎ、外は昼食の時間らしい。視線を畳に向ければ、斬魄刀の横におにぎりと手紙が置いてある。

『目を覚ましたら食べなさい』

 卯ノ花隊長だ。お礼を呟いてそれを食べる。塩気の効いた具なしおにぎり。美味。

 次に、手紙を読んだ。

『浦原隊長は禁忌事象研究及び行使・儕輩欺瞞重致傷の罪を、握菱大鬼道長は禁術行使の罪を問われ、実刑が下されたが、彼らは逃げた』

 テッサイさんも捕まっていたのか。…ならば、逃げは夜一さんの所業だろう。不思議なことに昔から、あの三人はお兄ちゃんを中心に一つの集合体なのだ。杜屋ちゃんを斬ったとされる人は、朝になって死体で見つかったそうだ。手紙には四十六室での発言内容も書いてあった。

『禁忌事象とは、虚化の実験等――――』

 虚化、初めて聞いた。何がどうなったか、事実だけが淡々と書いてあり、

「ローズ隊長、シンジさん、六車隊長、愛川隊長…ひよ里さん…白さん?!」

十年前の初対面酒宴から私と杜屋ちゃんを引いた全員が虚としての処刑対象となり、処刑前に行方知れずになったことを知った。

「………」

 涙が出る。それを拭う。

 今は泣くときではない。

 睡眠をとり、食事をして、徹夜明けの早朝よりは確実に落ち着いたであろう頭で考える。

 お兄ちゃんは、あからさまにバレるような実験をするような馬鹿だったか?――――違う。

 ならば、何故お兄ちゃんがそれをしたことになっている?――――誰かの罪を着せられた。

 その誰かは?――――分からない。ただ、お兄ちゃんは藍染副隊長の名前を出している。シンジさんにも、彼には気を付けろと忠告されている。なら、私は彼を疑うしかない。

 虚化したシンジさん達はどこに行った?――――おそらく、お兄ちゃんのところ。お兄ちゃんが人でなしでないなら、彼らを治そうとするだろう。治らなくても、逃がす手だてくらいは整えるはずだ。だって、事件の流れを読む限り、彼らは完全に被害者だ。ひよ里さんなんて、自分の信頼する部下なのだ。お兄ちゃんがクソ科学者でないなら、お兄ちゃんは彼らを助ける。…お兄ちゃんは、欲求に素直ではあるがクソ科学者ではない。

 障子の向こう側に、複数人の気配がする。私は手紙を閉じ、斬魄刀の横に置く。

「四番隊第六席 浦原喜多様、査問のため中央四十六室より召還命令が出ました。ご同行願います」
「………はい」

 私は斬魄刀も持たずに立ち上がる。大人しく拘束され、四番隊舎を後にした。




目が覚めるたびに変転