目を覚ます。
私の部屋の天井が見える。電波時計の示す日付は最後に見た時から一日追加されていて、普通に目覚めることが出来たと確認する。
起き上がって姿見の前に立つ。年齢相応の身長、体形、顔立ちに違和感はなく、手足が消えているような様子もない。役目を終えて、未来の私は確かに消えたのに………誰にも記憶されておらず、果たす役目のない現在の私はこうして存在している。
頬をつねっても消えない私は、一体何なのだろう。隣の部屋で眠るユニは未だ空っぽなのに、私がこうしてここにいるのは何故?
「………」
考えても分からないので棚に上げて、寝間着から着替える。そうしてリビングに行けば、太陽のような笑顔が出迎えてくれた。
「おはよう、ユノ。朝食にしようか」
お母様と一緒に朝食の支度をする。日本に行った期間は私には無いので、懐かしくもなんともない当たり前の日常だが、どこか懐かしさを感じるのはきっと私の未来の記憶とユニが空っぽになっているせいだと思う。
食事の支度が出来たら、祈りを済ませて食事を開始する。お母様のご飯は美味しい。安心する味だ。
「調子はどう?」
「何も問題は無いよ」
「そう、良かった」
食後、お母様がジッリョネロから持ってきた適性チェッカーで自分の属性を確認する。先日測定したときは、大空の波動は弱く、何か別のものがありそうだ等と話していたが、本当に未来では氷河属性とかいう謎の波動が備わっていたのだから笑ってしまう。
しかし、二度目の測定では、ただ未来からの記憶を受け取っただけにも関わらず、違う結果になる。
「適性、大空だけになってる」
大空の属性に異常なまでの反応を見せる。これはお母様やユニと同じ反応だ。
結果を見たお母様は考えこみ、しばらく動かなくなる。そして思考がまとまったのか、判断が付いたのか、口を開いた。
「どうやら、本当に未来は安泰かも。氷河はあなたに付随するイレギュラー…という話だったのよね?」
「うん。"おまけ"って言ってた」
「なら、それがなくなったということは、あなたはもう"運命"を果たした…と思うわ」
「……良かった。それ、私たちや皆が頑張った甲斐があった、ってことだものね」
私が笑えば、お母様も笑顔になった。
「ユノ、これからどうしようか?」
「………」
今まで死ぬために生きてきたから、生きるために何をしたいかなんて何もわからない。
未来で関わった人たちは誰も私のことを覚えていないだろう。そうなるように奥義を発動して本来存在しないアルコバレーノは消えた。誰も、そう、彼ですらも私を忘れてしまっている。
あんなに惜しむような言葉を言っておいて――――私は自分勝手だ。そんな私は、何者でもない。
「とりあえずお昼寝」
「そう、おやすみ」
お母様は優しい。それがとても、嬉しい。
それくらいしか考えられなかった。
ああ、久しぶりに"見て"いる。
『君たちをアルコバレーノに変えたその呪い…虹の呪いを解きたいか』
未来の記憶に近い街並み――――日本、並盛町で上がる爆発音と煙、死ぬ気の炎。
参加者が身に着けるのは腕時計。見覚えは無くとも、気配が似ている。私が持っていた時計に雰囲気が似ている。
ユニだ。ユニがいる。妹は白蘭やγと一緒にいる。ああ、アルコバレーノとして代理と共に参加しているのか。
『また君は首を突っ込む。もう自由に生きていいのに』
驚き、振り返る。顔を見る前に手首を掴まれる。掴まれたのは左腕。腕時計があった位置を的確に、和服の男は掴んでいる。
『誰も君のことなど覚えていやしないよ』
突き放されたように、意識は浮上した。
ベッドから跳ね起き、部屋を飛び出す。
「お、お母様…!だ、代理戦争って知ってますか?!」
「ユノも見てしまったの」
お母様は潮時ね、と首から下げたおしゃぶりを手に取る。それの意味することと、それに付随する別れに気付いて動けなくなってしまった私の手を取り、椅子に座らせた。無意識にこぼしていた涙を拭われながら、お母様の話を聞く。
「私はアルコバレーノの座を譲渡することにする。…でも、ユニに譲って、あなたはどうなるのかしら」
アルコバレーノはユニだ。なら、妹の寿命はうまくいけば伸びる。うまく事を運ばなければならない。
だが、アルコバレーノは常に在らねばならない存在だ。七人のうち一人を解放して、空いた枠はどうなる?
「埋めなければトゥリニセッテのバランスは崩れる。ならば、後釜を埋め込むに違いないわ」
私の言葉に、今度はお母様が動きを止めてしまった。
そう、誰かがその後釜をやらなくてはいけないというのなら。
「ユニを自由にする。でも、他の人に担わせていいものではありません。それは私がやるべきです」
消えゆくはずだった私が、適任ではないのか。