運命。

女の子なら誰でも一度は憧れる言葉だ。

なんたって、誰にでも一人は運命の男性がいるっていうんだから。


「あなたはわたしの運命の人ですか?」

「知らねぇ」


もっとも、男にとってそんなことはどうでもいいことらしいけれど。


「素敵なのに」

「何さっきからぶつぶつ言ってんだよ」

「運命について」


わたしはこの目の前にいる大男が運命の人だと思うんだ、ていうか思いたいわけである。

だけれども彼には守るべき姫様がいるらしい、何とも可愛らしく、お上品な姫様が。

一度会った。

その姫様に似ているという人と、ピッフル国で。

黒鋼の落ち着かなさったら、かつての誰よりもひどかったような気がする。

それほどに大切な人、らしい。


「知世ちゃんって、いい子だったよね 」

「はぁ?」

「ピッフル国で会った知世ちゃん。あんな子にはわたし、一生の時間をかけてもなれないんだろうなぁ」

「いきなり何言うんだよ」


知世ちゃんの話を出すと怒りっぽくなるのも、その片隅で嬉しそうにするのも。

ぜんぶぜんぶ、見てるんだからな。


「やっぱり違うかもしれない」

「意味分かんねぇぞ、お前」


運命の人、黒鋼じゃないかもしれない。

だって、明らかに黒鋼の運命の女性は知世ちゃんであり知世ちゃんの運命の男性は黒鋼なんだもの。

敗北。

いや、勝利敗北とかそんなこと以前に戦ってすらいないのではないか?

だって、わたしと黒鋼の仲は言ってみれば旅の同伴者以上友達以下、ってかんじな気がする。

一緒にいるからそれなりの会話はするけど、みたいな。


「ひとついいか」

「…何でございましょう、旦那」

「誰が旦那だ、真剣に聞け」


ちょっと底に落ちかけていたわたしの気持ちをがらりと変えさせる言葉、五秒前。


「運命ってのは必然みてぇなもんだろ?」

「んー、おおざっぱに言えば」

「じゃあ俺とお前が会ったことも運命だろうがよ。小僧とも、姫とも、あのへらいのとも白まんじゅうとも」


あら、いいこと言うのね、と誉める前にわたしは絶句していた。

嬉しくて。

ひとつの運命のかたちから、ほんとうにわたしが憧れている運命のかたちへもっていくことも可能なのではないかと思えて。

ああ、素敵、わたしは今、運命の中にいる。



(了)


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