現、鬼百合と百合「わーー、キレーな国だねぇ」
白まんじゅうの口から吐き出された俺達がまず最初に見たのは、地平線まで限りなく広がる花畑だった。
「ンだ、ここは。花ばっかりで家がねぇじゃねぇか」
百八十度辺りを見ても、やっぱり目に入るのは色とりどりの花だけ。
ひまわりやら睡蓮やら、名前が分かるのはそれくらいだが。
「そうでもないみたいだよー。ほら、見て」
ひょろいのが指差す先、ふと現れたのはブリキのじょうろを持った小柄な女だった。
「オレ、ちょっと話聞いてくるねぇー」
「待て」
知らず知らずのうちにひょろいのの腕を掴んで引き留めている俺。
何がしたいんだと我ながら思ったが、目は確かにその女から離れようとしなかった。
「もしかして、黒様…」
「あ?」
「…やだなぁ、黒様ったら可愛いんだからーーー」
「何の話だよ!!」
へらへらと俺を茶化すような顔。
勿体ぶってねぇで言えよと怒鳴ろうと肺に息を吸い込んだ時、視線を感じて再び女を見れば驚いた顔でこちらを凝視していた。
「ほーら黒わんこ、行ってこーい」
「犬にするみてぇに指図すんな!」
背中をぐいぐい押され、仕方なく俺はその女の所まで歩いていく。
背中に感じる、ムダに見守るような視線が頭にきたが何とかこらえた。
「黒ちん、ちゃんと話聞くんだぞー!さ、俺達は辺り探索してよっか」
「おいっ!!ふざけんなてめぇ…」
「あ、あの」
!またやっちまった!!
恐る恐る見下ろすと、女の青い目がいかにも俺を怪しんでいる風に揺れていた。
「旅のお方ですか」
「あ、ああ」
「でしたら、こんなところで立ち止まらずお次の国へ行ったほうがよろしいと思われます」
「?何でだ?」
大抵こういうことを誰かが言うときは、何か姫の羽根に関連してることが多い。
我ながららしくないなと思いながらも食い下がったのは、きっとそれを聞き出すためなのだと、心の奥底にある別な理由を押し込めた。
「見ての通り、ここには宿はおろか家ひとつありませんから」
は?
おかしなことを言いやがる。
「じゃあお前はどこに住んでんだ?」
「私はどこにも住んではおりません」
「なわけねぇだろ」
「住むところなどいらないのです。だって、私は――――」
「で、結局野宿かぁーー」
「モコナが言うには、この国には羽根はないみたいです」
「んーー。無駄足?…黒様にとっては、そうでもなかったみたいだけどーーーー」
「ふざけんな。てめぇ、最初から気づいてただろう」
「ん?何をーーー?」
つくづくむかつく野郎だ。
しらばっくれる気か。
「黒ぽんのあんな顔、ピッフル国以来だったからさぁ」
ほらな。
小僧は何の話か分かってないようだし、姫は寝ている。
俺は薄い毛布を被り、ひょろいのに背を向けた。今のこいつの顔を見ると腹がたってならねぇ。
「綺麗だったよね」
「何がだよ」
「あの、実体のある幻さんー」
けっ、べつに。
そう言おうと喉まで持ってきたのはよかったが、言葉が出なかった。
いや、認めたくないが、言い返せなかったのほうが正しいか。
「黒様、見とれてたでしょーー?昼間」
「…ンなこたぁねぇ」
「オレには分かるよー。もしかしたら小狼君にも分かったかもしれないね。黒ぷー、分かりやすいんだもん」
寝たふり寝たふり。
「可哀想だよねぇ。花の世話だけのために存在し続けなきゃいけないのってさ。もっとも、造られた彼女にそんな自我ないのかもしれないけどーーー」
寝たふりをしながら、昼間見た女を思い浮かべた。
青い目に、ブロンドの髪。
触れたら消えてしまいそうなほど華奢で、俺の胸ほども背丈はなかった。
白い服に白い靴、その出で立ちは思えばあまりに奇妙で、よく考えれば幻だと気づくこともできたかもしれない。
「彼女に世話を任せて、肝心の造り手と元の住民はいなくなっちゃったみたいだし?」
「うるせぇよ、もう寝ろ」
「オレが黒ぴんなら…」
「俺はお前が何と言おうと幻に入れ込むつもりはねぇ。あいにく、どっかの小僧みてぇにお人好しなわけでもどっかのひょろいのみてぇに人の気持ちを汲むなんてねぇからな」
「……それもそうだったねーー。じゃあオレも寝るよ」
「寝ろ」
ようやく寝る気になったか。
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