むくり。


「………」


眠りにつけず、耐え難くなった雅は体を静かに起こした。

ぐるりと部屋を見渡すように視線を揺らし、最後に辿り着くは、自身に背を向けて寝息をたてる、雅にとっての最愛の男、黒鋼。


「黒鋼…」


起きて、ねぇ。

少しの期待と、起こしては悪いという罪悪感を抱えながら、それでも愛する男の声を聞きたいと思った雅は、布団からほんの少しだけ覗いている肩に手を伸ばした。


「!」


あと数ミリで肌に触れる、その時に突如現れた大きな手が雅の細い手首を掴んだ。


「起きてたの」

「起きたんだよ」


寝起きでいつにも増して低くなった、黒鋼の声。

そして何より、起き上がってきたことで露になった逞しい身体に、思わず雅は赤面して目をそらした。


「服、着ちまったのか」


なんだ、とでも言いたげに頭を掻いた黒鋼は、雅を見てニヤリと口端を吊り上げる。


「足りないのかと思った」

「な…!」

「冗談だっつの」


「俺も上手く寝付けなくてよ」


黒鋼がぐい、と雅を軽く引き寄せれば、いとも容易く雅は黒鋼の胸の中に閉じ込められた。


「く、黒鋼」

「人肌が恋しいっつーのは、こういうことなのか」


雅を抱き締めたままごろんと横になった黒鋼は、顔を赤くしているのを隠そうとして覆われた雅の手のひらを優しく退けては、唇にキスをする。


「雅」

「…?」

「このまま、寝てもいいだろ」

「え…」

「いいだろ」


紅く鋭い眼で雅を射抜けば、彼女が何も拒否できなくなるということを熟知している黒鋼は、こくりと頷く雅を毛布の中に招き入れ、包み込むように腕を背中にまわした。


「黒鋼、手、あったかい」

「ああ、体温が高いんだろ」

「黒鋼」

「…ああ?」


ゆっくりと彼の広い背中に腕を伸ばし、ぎゅ、と抱き締めた。


「好きだよ」


沈黙が流れた。

が、それは居心地の悪いそれではなく、むしろ心地いいと感じてしまうほど幸福感に満ちた沈黙だった。

だって、私を抱き締める彼の顔が容易に想像できてしまう。

きっと、耳まで真っ赤に染めて、だけど口許はまんざらでもないみたいに緩められているのだろう。

きゅ、と私の肩にまわされた黒鋼の手に力が入った。


「お、俺も…」


「愛してる」


眠れたとしても眠れなかったとしても、もういいの。

きっと夢の中でも、私はこうしてあなたに抱き締められていると思うから。



(了)

 


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