気丈なあの子が涙するときその日の夜は、嫌気がさすくらいに静かな夜だった。
月も星も綺麗で、明るい夜。
風も適度に吹いていて、気分転換に最適だ、
とかなんとか思って外に出た。
そうすれば玄関のドアを開けたすぐ横に、
泣いているあいつを見てしまった。
「……っろ、がね?」
しゃくりあげるほど泣いている雅は俺の姿を捉え、慌てて手のひらやら手の甲やら腕で顔中を拭いながら無理に笑ったもんだから、こちらとしては痛々しさが増してしまう。
「…何してんだよ」
あいつが気づきさえしなければさっさと部屋ん中に戻り何も知らないふりを貫いたのだろうが、気づかれてしまいそのまま薄情に身を翻すのは何とも俺の気持ちが許さない。
「何って、空、見て…っるの」
「奇遇だな。俺もだ」
本当はそのままその場から去ったほうがよかったのかもしれないが、俺は雅の隣に座り、空を見上げる。
「…」
誰かの泣き顔を見た直後、そして未だに嗚咽を抑えきれずにいる奴の横で見る空は、綺麗だと思ってもどこか寂しい。
「上着も着ねぇで、寒くねぇか」
「……少し」
少し寒い、そういう意味なんだろう。
口数少なになっているのは、しゃくりあげるのを聞かれたくないからか。
とりあえず俺は上着を取りに部屋に戻ろうとして立ち上がった。
「…?」
ふと繋ぎ止められる手。
下を見れば、ただ俯いたままの雅が俺の手を確かに引き留めようと掴んでいる。
「他に持ってきてほしいもんでもあるのか?」
言葉を伴わないまま、首を横に振りそれを否定した。
じゃあ何だ、と問いただせば、か細い声で一言、
「ここにいて」
とだけ返ってくる。
「……」
正直、驚いた。
いつもはうるさい女、人生の悩みなんてないように思えるほどの奴、いつもただただ笑っている奴、弱味を見せようとしない奴がこんなに弱りきった姿を見せるなんて。
また、そいつの悲しみに気づかなかったなんて。
「ああ」
再び、隣に座る。
ただ、繋がれたままの手は離されることはなく、雅が口を開いた。
「手、繋いでいていい?」
「…好きにしろ」
すると同時に俺の右手は雅の膝の上に持っていかれ、雅はもうひとつの手も俺の手に添えて両手でそれを包むようにして握った。
冷えきった手、涙で少し濡れた手。
「…!」
最終的にはぽろぽろとこぼれてくる涙。
今度は雅は涙を拭うことはなかった。
あふれる涙は流すままにし、ただ俺の手を大事そうに、愛しそうに握り締める。
離れないように、俺がどこにも行かないように。
俺はそれに応えるべく、それまで力も何もいれずにいた手に力を込めて手のひらのほうを包んでいた雅の左手を握り返した。
「どうしたんだ」
涙はまだ止まりそうもなかったが、そろそろ聞いてもいいだろうと、精神的な高ぶりはおさまっただろうと聞いてみた。
「ゆめ…」
「夢?」
「夢、見たの……」
力なくこぼれ落ちていく言葉。
それを聞き逃さないようにするのが、唯一今の俺にできる精一杯の励ましだった。
「私に、夢見の力…はないことは、分かってる……けど」
「どんな夢だ」
「黒鋼が、殺されて、死んじゃう…夢」
「…」
「怖い、怖かったよ……」
何とまぁ、ありふれた悪夢か。
だけれど夢だと分かっていながらも、あの雅が俺が死ぬことに恐怖や悲しみを覚え涙するとは何とも言いがたい心情を抱えるものだ。
「心配するな」
何の保証もないけれど、雅の肩を抱き寄せて強く言い切る。
「俺ぁ死なねぇ」
「お前が泣くなら、俺ぁおまえの傍にずっといてやる」
我ながら恥ずかしい台詞をよくも言い切ったものだと、自賛したくなるほどだった。
だが雅の肩の震えは止まり、いつもの笑顔を弱々しくも取り戻す。
「…らしくないね」
「お前もな」
ようやく、空の月明かりが届いたように感じた。
(了)
※お題配布元…恋したくなるお題 様
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