きっと消えない。背中が暖かいのは、あいつがいるからだ。
同時に、背中が重いのも。
「んん。もう飲めない…」
「あほ、誰が飲ませるか」
酒ででろでろに酔った雅を背負い、もうほとんどは寝ぼけからきているであろう言葉にさえ返事をしてやる。
思えばこいつを背負うのは初めてだと、案外軽いものだと思いながら、夜風で風邪を引かせるのも可哀想だと帰りの道を急ぎめにいつもより大股で歩く。
「黒鋼ぇ、酔う〜。揺らさないで〜おぇ」
「あー出すなよ!そこで出すなよ!!」
慌てて道の端で降ろしては狭い背中をさする。
手のかかる女。
泥酔して吐き戻すなんて醜態、男に晒していいのかよ。
そう呆れながらも、自分も貸す手を止めることはしないのだが。
「ありがと、ちょっとスッキリ…う」
「無理すんな」
再び喉がつかえたような声を出した雅を背負うために目の前で背中を向けて屈む。
「おら」
「…いい、歩ける」
それを拒否してスタスタ、いやヨロヨロと先を行き始める雅の横に並び、本当に大丈夫かこいつ、と半信半疑になりながら注意して見て歩いた。
「大人しく運ばれてりゃいいだろ、転ぶぞ」
「だーって、黒鋼、なんか加齢臭するんだもーん」
「ああっ!?」
ンなわけねぇだろうが!
が、自らの腕やら肩の匂いを確認する俺に「ぷふっ」と小さく雅が噴き出す。
「うっそだぴょーん」
「てんめっ」
「いい匂いがしてね、暖かいし、優しいし、あのままじゃ黒鋼のこと好きになっちゃうなぁって思ったの」
言葉に詰まる。
冷たい夜風が頬をかすめるたび、際立って冷たく感じるようになる。
雅の顔が赤いのも、酒のせいなのかそれとも俺と同じようにして赤くなってんのか、見当もつかない、つけられない。
もしかしたならば俺と同じ理由であってほしいと思う俺がいることに俺自身はとっくに気づいている。
「…酔っ払いが」
だけどそれを素直に言うことなんざ俺にはできねぇ。
顔を雅に向けないようにしながら、わざとらしいほどつっけんどんに言った。
「酔ってないよぉ」
「酔ってんだろ、どう見ても」
「でも、そう思ったのはほんとだもん」
酔っているから言えること、酔っているから甘い声。
これ以上俺にどうしろってんだ。
どうせ明日になって酔いが醒めたら、いつものただの我が儘女に戻るんだろう。
…それでも俺はきっと、お前を見ているんだろうが。
「黒鋼のこと、好きになったらどうしよう。ねーぇ?」
「……さっさと歩け、早く帰りてぇ」
「でもねぇ、思うんだぁ。たぶん黒鋼なら、どちらかが死ぬまでずーっとあたしを愛してくれるんだろうなーって」
当たり前だ、と、心の中で呟く。
「子供は何人がいーい?」
「はぁ?」
「ほらー、例え話よ、たとえばなしっ」
もうこの話はよそうと言ったところで、この我が儘娘は聞かねぇか。
「ガキはうるせぇからいらん」
「えー、子守り得意なのに勿体ない」
「誰が得意だって!?」
「皆のお父さん、黒鋼がーー」
ふざけんな。
もうそのネタはうんざりだっての。
「きゃー怖いよー」ってか、絶対ェ思ってねぇだろ。
「あたしはねぇ」
「ああ」
「黒鋼にそっくりなの一人はほしいなぁ」
「何でだよ!!」
これには俺の突っ込みが唸った。
「黒鋼のちっちゃい頃はどんな顔だったのかなぁって」
「…対して変わんねぇだろ」
「やだぁーこんな怖い顔の子供ー」
悪かったな、と悪態をつけば、「すねないでよぅ」と腕に腕を絡ませてくる雅。
条件反射に一瞬身を引こうとするが、これも今だけだろうと、悪くないとそのままでいることにする。
「ねーぇー」
「いい加減、口閉じろよ」
「ねぇ、聞いてー」
歩きは緩めずに、「何だ」とこちらから折れる。
「あたしがねぇ」
「あー」
「もし酔ってなかったら、どうするー?」
……
「は?」
「んーん、酔ってるんだけどねぇ、お酒の力を借りて黒鋼にスキって言うつもりだったら」
「どうする?」
つくづくズルい女だな、お前。
そう、罵りたくなる。
「…そうだな」
「うん」
「……とりあえず、帰って寝る」
「え〜?」
そんで、次の日に真理を確かめることとしよう。
酔いが醒めたお前から。
「分かった。信じてないでしょー」
「お前は我が儘で気まぐれだからな」
「じゃーあ、」
ずる賢く笑った雅が俺の心を見透かした。
「また明日、飲みに来よう」
いいや、そんなことしなくても。
我が儘で気まぐれなお前が、ただの我が儘や気まぐれで適当なことを言わないことくらい分かってる。
我が儘で気まぐれなお前への、
どうしてこの愛しさは消えてくれないのだろう
消えなくていい、消えるな。
(了)
※お題配布元…確かに恋だった 様
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