いつも待ってるだけだった。

あなたが、いつも"待ってろ"って言うから。

"すぐ帰ってくる"、そう言うから。

なのに、帰ってこないのはどうして?

もう陽が昇っちゃうよ。

怪我したの?

どこかで倒れてるの?

"心配するな"なんて言ったって無理に決まってる。

心配しないようにしてきたけど、それももう終わり。





心配しても、いいかな。





ずっと彼の帰りを待ち続けて、もう夜が明ける。

一晩中起きていたものだから目は赤くなり、心配し通したことで少しやつれているようにも見える雅は、着の身着のまま荒々しく白鷺城を飛び出した。


「黒鋼…っ」


まだ空が白んでいるだけの初冬、風は痛いほどに冷たく、空気は吸い込むたびに無機質な冬の匂いがする。

その無機質な冬の匂いが雅の不安を拭い去ってくれるわけもなく、彼女は足を早めた。


「どっち、だろう」


行き先など告げられてはいない。

告げれば、こっそりと彼女がついていくだろうとでも考えたからなのであろうが。

右、

と頭の中で不意に勘がうなる。

勘が当たった試しなどない雅は裏をとって左へ歩を進め、止まっていた時を取り戻すが如く鬱蒼とした森の中へ消えていった。







「時間かかったな」


一人、額から流れる血を拭いながらぼやく黒鋼。


「絶対ェキレてる、あいつ」


あいつとは、雅のことだ。

いつもそう。

怪我をしてくれば気をつけなさい、遅くなれば今何時だと思ってるの。


「俺の母親か、あいつは」


だけど、どんなに遅くなっても雅は起きていた。

まず一番に"おかえり"と言ってくれた。

変な奴、と思う反面、討伐から帰るたびに一番にその声と言葉を聞くのが習慣になり、楽しみにもなった。


「黙って寝てりゃーいいものを」


ぼり、と頭をひとつ掻いて、ピタ、と動きを止める。

背後を見、右を見、左を見、何だったのか気のせいだと判断したらしい黒鋼は前を向いて再び帰路を歩く。


「きゃあああああ!!」

「ッ!?」


悲鳴。

しかも、聞き覚えのある声だ。

例えばそう、今彼の中で噂していた雅のような。


「チッ」


討ち損ねた奴がいたか。

黒鋼は走り出し、身を翻して悲鳴がしたほうに向かっていった。





「きゃあああああ!!」


しばらく進んだ所、そこで一番遭遇したくないモノに遭遇した。

日本国に出る魔物。

その大きな影が雅のほうを向き、腕を振り上げたのだ。


「来ないで!攻撃しないでぇぇぇッ!!」


間一髪で避けた降り下ろされた爪、しかし腰が抜けてしまった彼女はそこから動けない。

地を這ってでも魔物から離れようとした雅だったが、その背後からまた魔物が襲おうと腕を振り上げ、咆哮と共に降り下ろそうとした時。


「破魔・竜王刃!」


頭を抱え体を小さくしていた雅の耳に、力強く響く声と弱々しく悶える魔物の声がほぼ同時に届いた。


「………?」

「何やってんだ、てめぇ」


恐る恐る振り向けば、探しに探した、あの黒い影。

途端に目が熱くなって、どば、と涙が溢れだした。


「く、黒鋼…ッ」

「待ってろっつっただろが、何でこんなとこにいんだよ」

「黒鋼ぇぇ!」


腰は抜けたまま、その場に座り込み、抑えきれない涙と嗚咽に交えて大きく喚く。

呆れたように彼女に歩み寄り、目線に合わせるようにしゃがみこんだ黒鋼は、それ以上どうしていいか分からない様子だった。


「右、右ぃぃぃ…」

「あ?」

「やっぱり素直に右に行けばよかったぁぁぁぁぁ……」


雅のほうも、これ以上なく混乱しているようで。

普段とはかけ離れた取り乱す姿に、黒鋼は行き場なく彷徨わせていた手を彼女の背中にまわし、そしてぎこちなく抱き締めた。


「………っど、どうし、たの」

「…理由なんてねぇよ、抱き締めてぇんだ」


そうすれば、ようやく探し求めていた黒鋼の匂いに安心してか、落ち着きを取り戻した雅。

「落ち着いたか」、黒鋼が問えば、涙声で「たぶん」と力なく呟く。


「もう来るんじゃねぇぞ、危ねぇってのがよく分かっただろ」

「だって…」

「だってじゃねぇ。さっきだって俺があと少し来んのが遅かったら、お前真っ二つだぞ」


それを想像し、ゾッとしたのか、素直に、しかし渋々と「分かった」と言った。


「だけど」

「?」

「夜が明けようとしてるのに帰ってこない黒鋼も悪いんだからね」

「……へぇへぇ」

「心配、させないでよ…」

「ああ」







「黒鋼、立てない。おんぶ」

「うるせぇっ」



(了)


※お題配布元…確かに恋だった 様

 


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