いざよふ

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「新しい式を連れて居るそうだね」
 久しぶりに訪ねた旧友の第一声が其れだった。松陽は余りにも彼らしい言動に安堵すら覚えた。
 旧友の名を為五郎と云う。此の辺りでは有名な祓い屋で、松陽拠りも腕が立った。
 彼を訪ねたのは、其の両目から光が失われたと聞いたからだ。祓い屋にとって身体的機能が失われる事は致命的だ。其れ即ち妖に弱点を晒す事と成る。
 此れから如何する気なのかと心配して来て見たのだが、存外気楽にやって居る様だ。
「此の眼で見れぬのが残念だ。貴方が連れて居る式ならば、嘸(さぞ)や美しい妖でしょうに」
「残念乍ら、貴方が思って居る物とは違いますよ」
 苦笑し乍ら、松陽は背で眠る銀時を背負い直した。
「此の子です」
 銀時が起きぬ様に、そっと為五郎の方へと揺すって見せた。
 探る様に手を差し出した手は、銀時の頬に触れるや否や酷く驚いた様子で松陽の方へ顔を向けた。
「人の子じゃないか」
「ええ、拾って来ました」
 驚いて居るのか呆れて居るのか、為五郎は口を開いた儘絶句した。
「馬鹿だと思われるかも知れませんが、放って置けなかったのです」
 自嘲気味に笑う松陽を、為五郎は笑わ無かった。
「判る気がします」
 其う言って為五郎は自らの瞼をなぞった。其処には痛々しい迄の疵痕が残って居る。
「如何して、自らが傷付くと知り乍ら、他人を助けて仕舞うのでしょうね」
「さあ。人だからでは無いですか」
 松陽の言葉に、為五郎は微かに笑みを浮かべ、扉の方へ今は映らぬ瞳を向けた。
「そうかも知れません」
 連られて松陽も其方を見ると、其処には栗や芋、捕って来たばかりだろう魚が置いて在った。
「最近、誰かが置いて行くのですよ。式も去った今、本当に有り難い」
 しみじみと語る彼は、其の正体を知って居る気がした。敢えて黙って居るのが屹度、彼の優しさなのだろう。
 松陽は先程掛けて行った黒い毛並みの美しい化け狐を思い出し乍ら、こっそり笑みを浮かべた。
「此の子が目覚める迄、長居しても宜しいでしょうか。貴方にも銀時に会って頂きたい」
「其れは是非。実は私も、貴方に会わせたい者が居りまして」
 優しく微笑む其の瞳に光は無いが、彼の他者を慈しむ心根も、其れに拠って紡がれた絆(いと)も、何もかも以前と変わら無い。
 此の先、彼には幾多の困難が立ちはだかる事だろう。其れは松陽にも銀時にも等しく同じで有る。だが其れでも屹度、彼なら大丈夫だ。松陽の側に銀時が在る様に、彼の側に居て呉れる者が在るのだから。


《終》


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