いざよふ

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※史実パロ。流血有り。未来捏造。
バラガキ篇以前に考えた話なので、それ以降の長編の流れはあまり汲んでいません。




その身に流れる血は碧く

 それは冷たい風が肌を刺すような日だった。特にその日は冷え込んでいて、真選組の制服の上からコートを羽織ってちょうどいい具合だった。
 最近ではテロも減り、数年前とは段違いだ。真選組の仕事も攘夷志士の遷滅よりも、対凶悪犯の武装組織となっていた。
 緩んでいたつもりはない。だが、どこかで油断はあった。緊迫した日常から穏やかな日常へとたゆたいながら、気がつけば首までぬるま湯に使っていた。
 その結果がこれなのかもしれない。
 土方たちはただ呆然とテレビを見ているしかなかった。画面にはもうもうと立ち上る煙と、京の二条城を占領した鬼兵隊の姿が映し出されていた。
「嘘、だろ……」
 誰かがポツリと呟いた。
「副長――」
「分かってる」
 土方は煙草のフィルターを噛み締めた。
「全員、緊急配置に付け!」
 言われるまでもないと言うかのよいに、幾台ものパトカーがサイレンを鳴らす。
 ここまで大々的なテロだ。便乗する輩は必ずいる。今はそれを防ぐことが先決だ。
 バタバタと隊士たちが慌ただしく行き交う中、土方の携帯が鳴り響いた。着信は近藤からだ。今日は確か、松平に呼び出されたのだったか。
「近藤さんか」
『トシ、ニュース見たか』
 近藤の低く固い声が携帯越しに響く。何故だか嫌な感じがした。
「ああ。あんたはまだそっちか」
『そうだ。悪いトシ。とっつぁんがお前に代われって』
 胸がざわめく。この先を聞いてはいけない。土方の本能がそう告げる。
『ようトシ、ニュース見たなら今がどんな状況か分かるな』
「……ああ。あんたが言いたいこともな」
 土方が吐き捨てるように告げると、電話越しに大袈裟なため息が聞こえてきた。ため息を吐きたいのはこちらの方だ。
「京都へ行け。これは命令だ」
 予想通りの答えにチッと舌打ちすると、受話機越しに状況が飲み込めずに狼狽える近藤の声が聞こえた。
『一つ断っておくが、決めたのは俺じゃねェ。もっと上の奴らだ』
「だから余計にタチ悪ィんだろ」
 京の守りは京で行うべきだ。大規模なテロが起きれば、当然便乗してくる輩も出てくる。こんな時こそ江戸の守りが必要なのだ。
 この状況で江戸守護の要である真選組を江戸から遠ざけるという。どうやらこの件、思っていたよりも根が深そうだ。
 松平とてそのことに薄々気づいているのだろう。それでも土方に連絡してきたのは、勝手に動くなという牽制だ。しかも近藤の携帯を使うとはタチが悪い。松平からの連絡ならば、土方は気づかないフリをしていた所だ。
『安心しろ。江戸にはまだ遊撃隊や見廻隊もいる。江戸の守りはそっちでやることになった』
「そいつらも信用できたもんじゃねェけどな」
『江戸(こっち)は俺がなんとかする。だから手前ェらは京へ行け。どうやらそっちも厄介らしい』
「厄介?」
 土方が眉間の皺を深くすると、松平の苦虫を噛み潰したような低い声で答えた。
「首謀者は高杉晋助だという情報が入った」
 電話の向こうから松平を問い詰める近藤の声が聞こえる。おそらく彼も初耳なのだろう。
 高杉という男は確かに過激な活動家だったが、ここ最近では全くと言っていいほど何の音沙汰もなかった。一説では死んだという噂すら、まことしやかに囁かれていたほどに。
「……とっつぁん、近藤さんに代わってくれるか」
『ああ。手短にな』
 ようやく松平から持ち主の元に返された携帯からは、思っていた以上に毅然とした声が聞こえてきた。さっきの今で、もう腹をくくったのだろう。土壇場での切り替えの速さは流石である。
「そういうわけだ。あんたが帰ってくるまでに出動体制を整えておく」
『ああ、頼む』
 近藤の声に迷いはない。それならば大丈夫だ。真選組は揺るがない。
『トシ、必ず帰るぞ』
「当たりめェだ」
 土方の眼もまた、堅い決意を秘めていた。
 この時、2人はまだ気づいてすらいなかった。これが、これから始まる長い長い戦いの序章に過ぎないことに。


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タイトルは故事の『碧血』から。忠義に厚い者の血は、死して3年経つと碧玉になる。
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