いざよふ

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 神楽が目を開けると、そこは燦々と光に照らされた万事屋の居間だった。慌てて飛び起きて辺りを見回すと、新八が洗濯物を畳んでいるところだった。
「あ、神楽ちゃん起きた?」
 いつものように笑う新八に不覚にも涙腺が緩んだ。さっきのような他人を見る目ではなく、共に万事屋を営む仲間として見てくれている。それがたまらなく嬉しかった。
「それにしても寝過ぎだよ。昼寝だって長すぎると身体にわる――神楽ちゃん?」
 先ほどのことが夢だと気づいた瞬間、安堵と後悔で涙が滲んだ。それを悟られたくなくて、神楽は新八の背中に自分の体重を預けた。
 新八は、何も言わない。
「――私、銀ちゃんにひどいことしたネ」
 先ほどの夢を思い出しながら、神楽はポツリと呟いた。大好きな人に忘れられる。それがどれほど辛いか、嫌というほど思い知った。それと同じ思いを、金時に洗脳されてたとはいえ、銀時にさせたのだ。それが辛かった。
「ワタシ、銀ちゃんのこと知らない人として扱ったヨ。きっと銀ちゃんも傷ついたアル」
 膝を抱えて頭を埋める。きっと銀時は許してくれるだろう。だからこそ、神楽は自分が許せない。
 小さくなる神楽の背に、新八が体重を預けた。その温もりに驚いて、神楽は新八の方を振り向いた。
「神楽ちゃんさ、昔、銀さんが記憶を失くしたとき僕に言ったよね。『冬が来て葉が落ちても、風が吹いて枝がみんな落ちても、私は最後の一本になっても折れない。最後まで木と一緒にいる』って」
 そんなことを言ったこともあるかもしれない。
「銀さんが僕のこと忘れた時、僕は三人でまた万事屋をやっていくのを諦めた。でも神楽ちゃんは諦めなかった」
 新八がこちらを向いた。その表情はとても優しくて、温かかった。
「そんな神楽ちゃんがいたから、銀さんも僕らを諦めなかった。思い出すって、信じてくれた。神楽ちゃんがいたから、今の万事屋があるんだよ」
 神楽の頬を、一筋の雫が伝った。新八はそれを見ないフリをして、再び洗濯物をたたみ始めた。
「たでーまー」
 気だるげな声と共に引き戸の音が響く。神楽は慌てて頬を拭い、玄関へと続く廊下へと飛び出した。
「おかえりアル!」
 そう笑顔で迎えた少女の顔は、夏の日の澄んだ空のように晴れ晴れとしていた。

《終》


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