いざよふ

http://nanos.jp/izayou/


 麗らかな昼下がり、公園では子どもたちが元気に遊んでいる。その中でも一際目立つ少女がひとり。傘をさしながらも誰よりも快活に跳ね回っている。
「よっちゃんみっけ!カン踏んだ!」
 神楽はそう高らかに宣言し、足元のカンを踏みつけた。が、その衝撃で、カンの形状が円柱から一気に円になった。それはもう、グシャッと。
「おい、神楽。何個目だよ、それ!」
「もうカンねェぞ」
 カン蹴りに参加していた面々が口々に文句を言うが、神楽はどこ吹く風だ。
「このカンが私の足より軟弱だっただけネ」
「だから加減しろよ!」
 しばらくギャーギャー抗議と屁理屈が子どもたちの中に飛び交ったが、カンもなくなったことだし、とお開きと相成った。
 中途半端な結末だったことを残念に思いながらも、神楽は軽く万事屋へと続く階段を上った。カンカンカンと軽やかな音が辺りに響く。
「ただいまヨー」
 引き戸を開けて靴を脱ぎ捨てながら傘をしまう。新八にはいつも靴を揃えるようにと小言を言われるのだが、そんな邪魔くさいことには構わないのが神楽の主義だ。
 ふと足元に視線を落とすと、きちんと揃えられた可愛らしい靴が置いてあった。誰か客が来ているらしい。何となくムッとして、その靴の横に自分のものを揃えて置いた。
 万事屋の中は夕焼け色に染まっている。そのせいかどこか物淋しい。それに何か違和感を覚えた。
「銀ちゃーん、しんぱちー、帰ったアルヨー」
 返事はない。そこでようやく神楽は違和感の正体に気づいた。静かすぎるのだ。
「誰もいないアルカ?」
 不安が胸を押しつぶそうと肥大化する。先ほどより大きな声で呼びかけると、おう、と奥から銀時のくぐもった声が聞こえてきた。その声がいつも通りの気だるさをはらんでいて、神楽はほっと胸を撫で下ろした。
「いやー、すいません。ちょっと探し物をしてまして」
 普段から散らばる銀髪を更に乱しながら、銀時が寝室から出てきた。が、神楽を見るなり眉をひそめ、大きくため息を吐いた。
「ってガキか。もう遅いんだから帰りなさい。ってか、帰れ」
「銀ちゃん?」
 銀時は面倒くさそうに手首から先をブラブラと振った。まるで面倒な客を追い返そうとするかのように。
「ただいまーってあれ? お客さん?」
 タイミング良く新八が帰ってきた。まだ志村家には帰っていなかったらしい。
 神楽は銀時の態度が怖くなり、慌てて新八の元へと駆け寄った。
「新八! 銀ちゃんが何か変ネ!」
 泣きそうになりながら縋る神楽を迎えたのはしかし、他人を見るような目をした新八の姿だった。
「君、どこの子? 遅いんだし、もう帰らなきゃ駄目だよ」
 銀時と新八の態度に、神楽は思わず息を詰めた。きっと2人は冗談で言ってるのだ。そう思いたいのに、彼らの言葉が、表情が、それは違うと語っている。
「ふ、2人とも、何言ってるアルか。私ネ、神楽ヨ。この漫画のヒロインヨ」
 震える声で、歪む笑顔で、神楽は一心に訴えた。きっと2人に言葉が届くと信じて。
 だが、そんな姿を嘲笑うかのように、寝室へと続く襖が開いた。
「何言ってるの。この漫画のヒロインは――」
「ここにいるじゃねーか」
そこにいたのは、いかにもか弱そうな愛らしい少女。きっと誰もが愛さずには居られないような、人形のような女の子が、2人の後ろで慎ましく微笑んでいた。
 神楽の足元がガラガラと崩れていく。その墜落の中、神楽はただ呆然と少女を見つめるしかなかった。
《終》


next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -