いざよふ

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 それから数日経っても、山崎の中では答えが出なかった。土方も返事を催促することはなかった。実はあれは夢だったのではないかとも思うのだが、そんな堅実逃避が無意味なことも山崎が一番よく知っていた。
 そんな折、また松平片栗虎からの呼び出しを受けた。土方だけで来いと手紙に書かれていた、と土方は言った。真選組の結成も近いという時期に、局長と決まった近藤ではなく副長である土方だけを呼び出すのもおかしな話だと思ったが、土方がいつも通りだったので、誰も何も言わなかった。
 土方が行ってくると背を向けた時、何か違和感を覚えた。虫の知らせとでも言うのだろうか。胸の辺りが嫌にもやもやとして気持ち悪い。気のせいだと言い聞かせて稽古に戻ったが、全く身が入らない。仕舞いには近藤に、今日はもう休めと言われるほどひどいものだった。
 山崎は違和感の正体を確かめるために土方の後を追った。その頃には違和感は確信に変わっていた。
 土方がいつも腰から下げていた木刀が、普段使っている威力の少ない護身用ではなく実戦用だった。
 思えば彼と無言でただ一緒に歩くことに気まずさを感じなくなったのはいつだったか。出会いは最悪で、共に過ごした時間は短いはずなのに、いつの間にか土方が、道場の仲間が、側にいることが当たり前になっていた。こんなにも誰かと密な時を過ごしたのは、失くした家族以来かもしれない。
 心臓が早鐘のように脈打つ。動かす足は次第に速くなり、気がつけば走っていた。息を切らして土方を追う自分を、滑稽にすら思う。行ってどうなるというのだ、とも思う。それでも行かずにはいられない。
「一人でなんでも背負いこんでんじゃねェよ!」
 言ったところで言いたい相手はここにはいない。だからその言葉をぶつけてやるために走っている。今そう決めた。
 人気の無い寺の境内に、土方は居た。数人の男に囲まれて。
「何やってんですか!あんた!」
 その叫び声に、男たちが一斉にこちらを向く。土方も見開いた目でこちらを見つめている。
「チッ、増えやがったか」
「関係ねェ!数じゃこっちが有利だ。やっちまえ!」
 もうごろつきの定番なのではないかという台詞を吐いて、男たちが一斉に山崎と土方へと襲いかかってきた。土方には3人、山崎は弱いと思われたのか、4人が木刀を振りかぶった。この人数を一気にさばけるほどの腕は無い。山崎は腰の木刀に手をかけると、足下の砂を蹴り上げた。
「っ、何しやがる!」
 視界を奪われた男たちがひるんだ瞬間に、一人の腹めがけて木刀を打ち込む。目測なく無茶苦茶に降られる木刀をなんとか交わしながら、もう一人の男の足を払って体勢を崩し、みぞおちへと一発お見舞いした。残り二人だ。
 その頃には視界が回復してきたのか、激昂した二人が山崎目がけて木刀を振り下ろした。
「う、わ」
 それを何とか避けながら先に倒した男の木刀を拾うと、男たち目がけて投げつけた。それはちょうど一人の脳天に直撃し、そのまま意識を失った。残り一人だ。
 そう思って少し気を抜いたのがまずかったのか。木刀を構え直した山崎の足を、先ほど倒したはずの男がガッシリと握ってきた。動けぬ山崎に対して木刀が振り下ろされる。それを自らの木刀で受け止めた。体格差があるせいか、腕がしびれるほどの衝撃が体中に走った。それを弾いて交わし、足を握る腕をもう片方の足で蹴り飛ばした。なんとか外れた。が、そのせいで山崎の体勢が大きく崩れ、それが隙となってしまった。
 男の突きが山崎の首元目がけて繰り出される。
――ヤバい!
 衝撃を予想して山崎はギュッと強く瞼を閉じた。が、予想した衝撃はやって来ず、変わりに男の体が目の前でくずおれた。
「大丈夫か」
 男にとどめを刺したのは土方らしい。その後ろには残りの男たちが倒れている。山崎が人形にようにコクコクと首を縦に降ると、土方は手にしていた木刀を再び腰へと差し直した。
「何しに来やがった、テメー」
「あんたこそ、何やってるんですか、一人で」
 ただ無言でお互いの答えを待った。答えなど来ないことを知った上で。
「で、誰なんですか、こいつら」
 山崎が根負けして質問を代えた。見覚えがあるような無いような連中だが、生憎記憶には存在しなかった。
「この前つぶれた道場の奴らだ。たまにうちの道場とも練習試合をしてた」
「だったら、なんでこんな……」
「妬ましかったんだろう。だから近藤さん呼び出して闇討ちするつもりだったらしい」
「やっぱり、罠だって分かってて来たんですね」
 予想はしていたが、呆れて怒る気にもなれない。
「……近藤さんと、仲良かったんですか。こいつら」
 男の一人を蹴飛ばしながら尋ねると、土方が渋々といった様子で肯定した。
「とっつぁんの名前でここに来いって手紙が来た。筆跡でばればれだってのに。馬鹿な奴らだ」
「あんたも十分に馬鹿ですよ、土方さん」
 山崎がそう言うと、土方があの鋭い目で睨み付けた。山崎も視線を逸らさずにそれを受け止めた。
「土方さんがやったことは、あんたのエゴだ。こんなことして、近藤さんが喜ぶとでも思ってるんですか!」
 一人で勝手な真似をして、一人ですべて背負って、そんなことを近藤が知れば悲しむに決まっている。
「知らなきゃいいだけのこったろうが」
 土方はさも当たり前であるかのように答えた。
「オレァな、近藤さんの――真選組の盾なんだよ」
 その言葉を聞いた瞬間、山崎の頭は一瞬で沸騰したかのように熱くなった。気がつけば土方の襟首を掴みあげていた。
「じゃあ、あんたのことは誰が守るだよ。そうやって全部自分で抱えて、ふざけんな!」
 土方は一瞬驚いた顔を見せたが、負けじと山崎の襟首を掴み返した。
「見くびんな。テメェの身くらい、テメェで守らァ」
「そういう所が傲慢なんだ!」
 そう言うか早いか、土方が山崎を殴り飛ばした。その勢いで尻餅をついたが、それでも山崎は土方を睨み上げた。
「あんたが真選組の盾になるってんなら、オレがあんたの共犯になってやる」
 盾になると言いたいが、それは不可能だ。そんな実力、山崎には無い。だからせめて、自分のできることをしたい。このどこまでも独りであろうとする男の側に居たかった。たとえその手を振り払われおうと。
「真選組にはあんたが必要だ。だから、オレは真選組を守るために、あんたを守るために、あんたの共犯者になりますよ。土方副長」
 たとえ置いて行かれたっていい。意地でも着いていってやる。あれだけ散々悩んでいたくせに、今はいっそ晴れ晴れとした気分だ。山崎の心は決まった。
「真選組監察方、謹んで拝命致します」
 山崎は立ち上がると、土方に向けて深々と頭を下げた。
「勝手にしろ」
「はい、勝手にします」
「あと、この件は近藤さんには言うな。言ったら、分かってるな」
 土方は首の辺りを手刀で斬る真似をした。本気ではないだろうが、なにかしら報復は覚悟しとかなければならない。
「言ったでしょう。俺はあんたの共犯だって」
 この男についていくと決めた。その背に背負うものを肩代わりすることはできないが、共に背負うことならきっとできるはずだ。もう迷いは無い。
「あ、でも今度なんか奢ってください」
「調子のってんじゃねえ」
「えー」
 音を立てて強い風が吹き抜けて行く。その風はどこか暖かかった。
 もうすぐ春が来る。

《終》




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ここまで読んで頂いてありがとうございました。
ちなみにこれは、山崎春のパン祭りが開催されると聞きいてオフ用に書き下ろした話です。
初めて書いた話も、山崎と土方の出会いの話だったので、ある意味原点に返った心地です。
以下はペーパーに載せた解説です。

《わくらばは、漢字で書くと『邂逅』になり、「たまたま」「偶然」という意味になります。原作もそうですが、いろいろな偶然の出会いが重なって今の彼らが居るんだなと思うととても愛しいです。
この話で出てくる「原田・藤堂・永倉」ですが、性格は嘘っぱちです。史実を元にしつつ好き勝手に暴走しました。容姿は原作のモブ隊士を参考にしています。原田=ハゲの人は公式ですが。
本当はもっといろんな人出したかったのですが、如何せん時間と文章力が無く断念しました。
個人的には土方にため口きく山崎が書けて満足です。たまにため口ですよね、あいつ。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。》

長い話となりましたが、読んで頂きありがとうございました。
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