いざよふ

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マイフレンド西のんに捧ぐ






 数日降り続いた雪がやみ、徐々に溶け出して水たまりを作っている。午後になると雲も風に流され、久しぶりに青空が広がっていた。
 そんな空を小さなビルの屋上から眺めていると、よく耳に馴染んだ声が高杉を振り向かせた。
「久しいのう、高杉」
 そんな晴れ晴れした日に限って、どうしてこんな鬱陶しい奴に会わなければならないのだろうか。高杉は煙草をくわえたまま深々とため息をついた。
「どうしたがじゃ、高杉。ため息なんぞ吐いとると、幸せが逃げるぜよ」
「てめーに会ったからだ、坂本」
「それにしても、こんな寒空にわざわざ外で待ち合わせせんでもええじゃろ」
「聞けよ」
 高杉の辛辣な言葉も何のその、坂本は脳天気に笑い飛ばした。高杉は彼のそういうところが苦手なのだが、あえて口に出そうとはせず、変わりに煙草を肺いっぱいに吸い込んだ。
「で、聞きたいことってなんだ。くだらねーことなら帰るぞ」
「いやあ、大したことじゃないき」
 坂本は高杉の肩に手を置くと、覗き込むように顔を近づけた。
「こないだの飛び降りのことについて、聞きたいことがあるぜよ」
 口元は笑っているが、サングラスの奥の瞳が笑っていない。それに気づきながら、高杉はその顔に紫煙を吐きつけた。
「な、なにをするんじゃ、高杉!」
「うるせー。ちけー。うぜー」
 高杉は未だ肩に残る坂本の手を振り払うと、手すりにもたれかかった。
「お前、あいつと知り合いだったか?」
「同郷じゃき、大学ん時はよく飲みにいってたぜよ」
 懐かしむように言葉を噛み締める坂本を、高杉はただじっと見つめた。何かを探るように。
「なんで俺に聞く。俺とあいつは大学ん時にゼミが同じだったってだけじゃねーか」
「じゃが、飲みに行ったんじゃろ? 銀時の葬式ん後に」
 高杉は思わず眉をひそめた。その仕草に何か確信を得たのか、坂本は話を続けた。
「ヅラも一緒じゃったいうて聞いたんじゃがにゃあ。聞こうにも顔真っ青にして、『何も気づいてやれなかった』ち言われたら、聞くんが可愛そうになってしもうて」
「で、俺に白羽の矢が立てられたって訳か」
「まあ、そういうことじゃ」
 高杉は憮然とした表情で坂本を睨みつけていたが、大きく息を吐き出すとくわえていた煙草を指に挟んだ。
「なんでそこまでそいつのことを気にする。てめーにとっちゃ、ただの知り合いだろ」
 高杉が問うと、坂本は高杉の隣にもたれかかると、高杉の指から煙草を奪い、深々と煙を肺へと送り込んだ。
「おんしがどこまで知っちょって、あん男に何を言うたかは知らん。じゃから、今からの話は全部忘れェ」
 いつもの軽薄な空気はどこにもなく、いつになく真剣な瞳に、高杉は悟った。恐らく、坂本は全部分かっている。分かっていてあえて、高杉の話を聞きにきたのだと。
「分かった。ここで聞いた話は忘れる。お互いにな」
 高杉は新しい煙草を取り出して火を点けた。
「とりあえずそっちから話せ。てめーが誘ったんだからな」
 坂本はしばらく沈黙し続けていたが、言葉を選ぶように話し出した。
「わしが前に、キャバ嬢にハメられた話はしたかの」
「ああ、あとちょっとでコンクリート詰めにされそうになったアレな」
 確か、キャバ嬢の相談に乗っているうちに何百万と金を貸し、最後には証拠隠滅のためか暴力団に沈められかけたとか。
 それを酒の席で笑い話として話すのが坂本のすごいところだ。その場が凍りついたのは言うまでもない。
「彼女についてちっくと調べてみたんじゃが、何やら良い噂を聞かん。どうもわしにしたようなことを他ン奴にもやっとったみたいぜよ」
「だろうな」
 人を騙すことに長けている者は、人を騙すことに慣れているものだ。前科がないはずがない。
「まあ、彼女がの。飛び降りたヤツのツレになっちょるて小耳に挟んだんじゃ。じゃがそん時、わしはちょうど海外におったもんで、銀時に確かめてくれて頼んだんじゃ」
 坂本は短くなった煙草を手すりに押し付けた。
「そん後に銀時と連絡取れんようになるし、帰ってきたら2人とも自殺したいうし、もしかしたらわしは、とんでもないことをしてもうたんやないか思て――……」
 そこから先は言葉にならず、坂本は口元を手の甲で押さえた。彼もまた高杉と同じように、言い表せない後悔を背負っているのだろう。
「てめーも銀時も友人を助けようとした。ただそんだけだろう」
 それが巡り巡って、今回の悲劇を生んだのだとしたら、一体なにが悪かったというのだろうか。
 沈む坂本を見つめながら、高杉は今まで噤み続けてきた憶測を語る決意を決めた。
「こっから話すことはほとんど俺の推測だ。なんの根拠もねェ」
 今からの話を面に出すことで、得をするものはひとりもいない。それどころか、何もできなかった虚無感を噛み締める者が増えるだけだ。
 坂本はそれを察してなお、真実が知りたいと言う。だから高杉は語る。銀時は何故、死んだのか。
「銀時を殺したのは、察しの通りだ。てめーのご同郷だよ」
 高杉が茶化して告げると、途端に坂本の顔が青白く染まった。まるで信号機のようだな、とぼんやり思った。
「銀時はあいつに、あの女はやべーっつって止めたんだろう。だが女のが一枚上手だったんだろうな。『最近、変な男に言い寄られてる。お前の知り合いのようだ』とか吹き込まれてた可能性が高ェ。
 恋だの愛だのに盲目になってた奴がそんなこと言われりゃ、どうなるか分かんだろ。別れろって言ってくる奴ら全員を疑ってた奴は、銀時のことも疑った。だから銀時に呼び出された奴は、ナイフ突きつけて逆に脅した。女から手を引け、ってな」
 語るこちらも気の滅入る話だ。高杉は半ばまで短くなった吸い殻を落として足で踏みつけると、新しい煙草に火をつけた。
「ヤツに刺す気はなかっただろうな。いくら女絡みっつっても人を刺せるような度胸はねーだろ。だが、何の弾みかヤツは刺しちまった。しかも綺麗に肋の隙間にな。運の悪いことに、そこは人気のねェ神社裏。驚いたヤツはそのまま逃走。銀時は、どこにそんな余裕があったんだろうな。自分に刺さったナイフを両手で握って、ヤツの指紋を消した。しかもそのまま更に奥まで差し込みやがった」
 バカだろ? と高杉が鼻で笑うと、坂本は銀時らしいのと寂しそうに笑った。笑うしかない。助からないことを悟り、自ら死期を早めた男に、他にどうすればいいというのだ。
「最初は銀時を殺したヤツを、殺してやろうと思ったさ。でもな、銀時はヅラんとこに化けてでた」
「ヅラんとこにも出たんか!」
 坂本が大きく目を見開きこちらを向いた。その言葉に引っかかりながらも、坂本が促すままに高杉は先を続けた。
「化けて出るっつっても、世間話しただけみたいだがな。そん時に銀時は『もっぺんみんなと飲みたかった』っつったらしい。それ聞いて、俺は銀時の仇が討てなくなっちまった。ヅラんとこにしか出なかったのは、俺に仇討ちさせねーためなんじゃねェかってな」
 そう思うと、手を出せなくなった。それが銀時から高杉への、最期のメッセージのような気がしたのだ。
「だが、それでも俺はヤツを許せなかった。だから最後に呪いを吐いた。銀時は誰も恨んでいない。てめーは自分のエゴで銀時を殺したんだって事実を、俺はヤツに突きつけた」
 苦しめばいいと思った。苦しんで、悩んで、一生銀時を殺した罪に苛まればいいと、そう望んだ。
 それは酔いが言わせた一言でもある。その一言で桂まで苦しめることになるとは思わなかったが。今はそれだけを後悔している。
「ヤツが死んだのが、良心の呵責か、女に殺されたのか、それは分からねー。だが、どちらにしろ自業自得だ。ざまあ見やがれ!」
 かわいた笑いが人影のないビル群に響く。自分でも何がおかしいのか分からないが、高杉はただ嗤った。
「高杉、銀時ならわしのとこにも来た」
 その一言に高杉はわらうのをやめ、ただ空虚な目を坂本へと向けた。
「びっくりしたぜよ。突然ホテルの部屋に立っとるもんじゃき」
 坂本はその思い出を慈しむように微笑んだ。
「『悪かった。俺のことは背負うな』銀時からわしへの――わしらへの伝言ぜよ」
 坂本は高杉の頭を撫で、思い切り抱きしめた。高杉はただ目を見開き、宙を見つめていた。
「あん阿呆の伝言を、素直に聞かんでもええ。でもなあ、高杉。おんしだけで背負うたらあかん。銀時を救えんかった罪は、わしらみんなで背負うたらええんじゃ。独りで背負うたらあかん」
 高杉の首筋に冷たいものが伝った。それが坂本の涙だと気づいた時、彼が自分をここに呼び出した本当の理由を悟った。
「なあ、坂本。銀時は、死んだのか?」
「そうぜよ」
「あいつは、それを後悔してないのか?」
「そうぜよ」
 その事実が、一番周囲を苦しめると知らず、銀時は死んだ。最低な伝言を残して。
「馬鹿だな」
「ああ、大馬鹿じゃ」
 そんな大馬鹿にはもう、二度と会えない。
 だから高杉は足掻いたのかもしれない。どうすれば銀時を助けられていたのか。そんな不可能な未来(かこ)を夢見ながら。
 高杉の頬を、幾筋もの涙がこぼれ落ちた。その涙は、銀時から死んで初めて流すものだった。

《終》

 

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ひっそりと裏設定
先生と坂本は海外にいた。
つまり、本編で高杉と桂と一緒に飲んでた土佐弁の男は、坂本ではない。
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