2、教室



「なぁ〜名前〜そんなバスケ部いやなん?なぁ〜もー無視せんといてや〜」

今吉と苗字が付き合っているのではないかと、学年中でもっぱらの噂になったのはつい最近のこと。
新学期が始まり、今吉、諏佐、苗字の三人は桐皇学園3年生になった。
あいかわらず今吉は苗字と同じクラスである。
偶然とは残酷なもので、初日のくじ引きで行われる席決めは苗字の前に、みごとに今吉が陣を取った。

窓側の一番後ろの席だと知って、ちょっとした多幸感に満たされていた名前は一瞬でその気持ちを横取りされた気分になった。
もともと名前のあいうえお順で並んでいた机をがたがたと移動させ、所定の位置に着地させたときには、一番後ろから見える教室の景色と、窓から吹き込んでくる春の風に心地よさを感じたというのに、その数秒後には今自分にとって一番やっかいだと感じている人物が目の前に姿を現したのだ。

「あ、ここやここ。あーおっも」

大変聞き覚えのある、耳につくしゃべりかたが聞こえた瞬間、満足感は終わりを迎える。

「なんややけに縁があるなぁ、しょろしゅう」

うさんくさい、眉毛をハの字に曲げながら笑い振り返る彼に、名前は今出来る最高にストレスフルな笑顔を作ってこたえる。

「本気かよ」





そしてそれからかれこれ二週間と3日。
今吉は暇があれば後ろを振り返り、苗字を勧誘している。
この前の寮内での勧誘をいれればいったい何日間粘り続けていることだろうか。

「名前〜」

「チッ」

「あ、今舌うちせぇへんかった?こわいわ〜なんで?」

はたから見ている生徒からも、どう考えてもうっとうしいとしか感じられない今吉のコミュニケーションは、例えるなら蝿のようである。
ただ席から声をかけるだけだったというのに、今では移動教室のときも苗字の横を歩くようになり、いつのまにか昼の弁当の時間だって彼女のそばを離れなくなった。
苗字で呼んでいた名前は、一度下の名前を呼んだときに苗字が「うるさい、やめろ」といって反応したことで、しめたといわんばかりに名前で定着してしまった。

始めの頃、クラスの男子は二人を冷やかし、女子は苗字のことを心配しているように装っては高揚を隠せない面持ちで苗字に話しかけていた。
当然今吉が苗字に猛アピールしているという噂はすぐに広まり、他のクラスの生徒がその光景を見に来るようになったのはいうまでもない。
苗字ももちろん低抗はしていて、休み時間になった瞬間に別のクラスへ駆け込んだり、トイレに行ったり、時には職員室でわかっている問題について先生に質問したりしていたが、それも一週間もすれば疲労として蓄積され、今では音楽を聴きながら席に座り彼の話を無視し続けるのが日常になっている。
なんだかんだいっても、本人達以外にとってはただのイベントでしかなく、日常にあらわれた楽しい光景のひとつでしかなかった。
ただしそのイベントは毎日何時でも行われているため、すぐに飽きられた。
つまり、今では「今吉が苗字に絡んでいる」というのが普通の光景なのだ。
すでにこの二人以外の生徒の中では所謂友達グループが形成され、学年の始めから行われたこの習慣のせいで今吉と苗字は孤立もとい、二人のグループであるかのように扱われる形で落ち着いてしまったのだった。

迷惑としかとれない今吉の行動は苗字にとってストレスでしかない。
クラスの女子と話していても、「あ、名前今吉来たよ。ほらいってらっしゃい」とまさに、おじゃましちゃわるいでしょ、と言わんばかりに扱われてしまう。
これではまるでカップルではないか。

ギリッと奥歯を噛み締めると、無意識に手にも力が入る。
シャーペンの芯の、使っていた部分が折れ、目に追えない早さでどこかへ飛んで行った。

「いたっ」

今吉がうめく。
いったいどうしたんだと前を向くと、窓を背にして横向きに座る彼が、ちょうど眼鏡をはずすところだった。
そのまま右手で右目をかき始める。

「あっ」

ちょっと待った。
反射的に腕を掴んでしまった。
突然発した私の声に、近くの何人かが振り返る。
今吉も驚いたようで、目を大きく開いて私の方を見ていた。
よくみると右目が少し純血している。
咄嗟に動いてしまったとはいえ、なんだなんだと少しずつ増えるギャラリーに耐えきれず、苗字は立ち上がる。
イヤホンを抜いて、iPodの電源を切ると、適当に机の中に放り込んだ。
そしてそのまま今吉の腕をひく。

「だれか、次の授業間に合わなかったら苗字と今吉は保健室に行ったって言っておいて!」

だんだんとわきでる恥ずかしさを必死にこらえ、足早に教室をあとにする。
今吉が何か言いかけた気がしたがよくわからなかった。
少し行ったところで女子の黄色い声とクラスのざわざわとした話し声が耳に届き、もう廊下に出ているというのに、早くこの場を離れたいという気持ちでいっぱいになった。




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