1、部活勧誘



寮とは、いわば共生を強制されている場である。

桐皇学園には学生寮がふたつある。
全校生徒が入寮を強いられるわけではい。
大きな寮といえど、むしろ部屋数には限界があるため、条件を満たしている、又は学校から認められる理由がある場合をのぞいては寮に入ることはできないのだ。
その条件のひとつに「ある部活に属していること」という項目がある。
これはこの学園の肩書きにもなっている、「強豪」という名を守るために存在する。
つまるところ、登下校の時間も距離もをなるべく短縮してやるから、その分部活動に励めよ、ということなのだ。
そのためふたつある寮の内、小さい方のひとつは完全にその部活の生徒にのみ入寮を許可されている。
その部活は中学からの数少ない推薦を認められているスポーツ競技であり、学力では決して楽には入れない桐皇学園の中でも群を抜いて部績が良く、比例して学績が悪い部活と有名だった。





「ちょっと、私はまだ...」

「ええやんええやん、今日はちょっと話すだけやって。はよ入り」

「だから私は」

狭い寮部屋の中、先に待っていた諏佐と若松はいったん話をやめ、外から響いてくる部屋の主の声に耳をすます。
ぼろい、という言葉がよく似合う、このバスケ部専用の寮は壁が薄い。
おかげで外の音も中の音もある程度聞こえてしまうのだ。
扉が開いたと思うと、背中を押されたのであろう女子生徒がこけるように入室し、続いて今吉が入室。
後ろ手に鍵をしめると彼はそそくさと話をはじめた。

「さーて、これで全員集まったな」

バスケ部部長、今吉翔一がにやにやと全員の顔を見渡す。
諏佐と若松はそれぞれ思い思いの表情を浮かべた。
この女子はだれだということ、バスケ部寮に女子がいる事実に驚きを隠せないでいるということ。
思考はいずれもこの女子の存在に向いていた。

「今日はふたりに紹介したい子がおんねん。こいつぜんっぜんバスケとかわからへんらしいんやけど、うち今マネージャーおらんやろ?あと数ヶ月もしたら1年も入ってくるやろうし、それまでにマネージャーが必要だって前に二人には話したやん。てなわけで入ってもらうことにしたわ。んで、こいつなんやけどなぁ」

「え、ちょ、いや待っててば!私、ここには断るつもりで来たんだけど」

今吉が話を始めてすぐにじゃまが入った。
当然だ。
このたかが30秒未満のことで諏佐は理解した。
今吉のやつ、苗字をむりやり部に引き込もうとしているな、と。
苗字名前とは、1年、2年、さらに数ヶ月後に始まる3年と、すべて今吉とクラスがかぶっている女子である。
めずらしいこともあるもんだと、つい先日今吉と話したばかりの諏佐は存在こそしっていたものの、なぜ彼が彼女を部に勧誘しているのかわからなかった。
普通に受験でこの桐皇学園に入学し、部活にも入っていない彼女は、常に学年トップ10の成績を誇る数少ない生徒の一人。
いざ3年生になるというこの時期に誘うほどの人間なのだろうか。
未だいいあっている二人の会話を聞いていても、別に彼女は過去にバスケの経験があるというわけでもなければ、これといってスポーツに関心があるわけでもないらしい。


「なぁ、わかってや。わしら困ってんねん。夏に大きな大会があんねんけど、マネージャーがおらへんのやって。去年までひとりでマネやってくれはってた山崎先輩も卒業してしもうたし、苗字どこにも部活はいっとらんのやろ?なんか不都合でもあるんか?」

「あたりまえでしょ。こんな時期に部活勧誘だなんて、普通に考えて私らには受験も控えてるし、それに部活だって3年はもうすぐ引退の時期じゃないの?」

「名前〜ほんまにバスケのことわからへんのやなぁ」

小馬鹿にするようなしゃべり方をする今吉に苗字があからさまに不機嫌な顔をする。

「夏に大きな大会があるって言ったやろ?冬にも同じようなものがあんねん。それがわしらにとって最後の試合や。それまでは普通に部活にも出るで」

「あんたね...あんたはそれで大丈夫かもしれないけど、他もそうだとは限らないんだけど」

「うん?苗字は大丈夫やろ?どこ目指してるか言ってみぃ」

「嫌だよ。別に、そんな風に受験校を簡単に言い合える仲じゃないでしょ。大体私、あんたとほとんど話したことないんだけど」

「えぇ!?嘘やん。わしめっちゃあんで」

「そういう冗談やめて」

いったいこいつはなにがしたいんだ。
本当に今吉は苗字を部活に入れたいのかもしれない。
苗字がこの時期に入りたくないというのもわかる。
だがおかしい。
正直マネージャーがいないというのはバスケ部にとってかなりの痛手だ。
自分たちが練習をしている間、雑用をこなしてくれる人がいないというのはかなりネックになる。
掃除、洗濯からスポドリの用意まで、やることはうんとある。
それを練習後に自分らで片付けるとなると、一体帰宅は何時になることやら、想像しただけでも気が萎えてくるものだ。
でも、それは別に苗字じゃなくてもできることだ。
これほど嫌だと言い続け、態度にまで出している苗字を勧誘するために、俺や若松を部屋に呼んでまで入部させたい理由はどこにあるのだろうか。

諏佐がうんうんと頭をひねっていると、あの、と若松が始めて声を発した。
そろそろ今吉につかみかかるのではないかという苗字の苛立ち具合を察してのことだろう。

「今吉さんはなんでそんなに苗字...先輩?を、バスケ部に入れたいんですか?」

直球。
少し驚いたが、単純な思考を持つ彼だからこそできたことだろう。
若松は一瞬静かになった空間に耐えられなかったのか、後付けの説明をあれやこれやと口にだしている。

「い、いや!別に反対とかってわけじゃないんすけど、なんでかなぁって!苗字先輩も乗り気じゃないみたいだし!あ、別にだからどうとかではなくて!」

「お、おぅ、若松、一旦落ち着きや。何言ってるかわからへんで」

諏佐は感謝した。
やっと自分の中にあったもやもやが解決されると。
が、この後、諏佐と若松は凍り付くことになる。
今吉は、んーそうやなぁ、と、少し悩んでから、あ、と思いついたように顔を上げた。


「わし苗字のことめっちゃ好きやねん」




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