04


 もう放っといてあげなよ、というような視線を芹香が雪平に投げ掛けている。しかし雪平はお構いなしに話を続けた。
「そうだ! カラオケ行こうよ、カラオケ。他の奴らも誘って大人数でさ」
 突然の提案に驚いて、ふたり同時に雪平の顔を見た。彼は平然とした様子であたしたちを伺ってくる。
 なんてポジティブな男だ。間違った、なんて空気の読めない男だ。今度ばかりは感謝してやれない。
 しかし当然同じ反応だと思っていた芹香が予想外の返事をした。
「いいんじゃない? カラオケ」
「芹香……」
「気晴らしくらいにはなるかもよ」
 正直そんな気分ではなかった。けれど思いがけないところで彼女に切り返され、口から出るはずだった断りの返事は流れていってしまった。
 結局雪平に押しきられる形で、あたしは誘いに乗ることとなった。

 雪平と雪平の男友達、それにクラスの女子にあたしと芹香を交え、計8人で近場のカラオケ店に入った。
 雪平が裏でなにかしら話したのかもしれない。しんみりとしたバラードは誰も流さず、始終テンポの早い曲で室内を盛り上げてくれた。
 その心遣いが嬉しくて、苦しい。
 せめてこの場では笑わなきゃ、と思うのに、胸の奥の空虚さが笑顔をつくることの邪魔をした。
 あたしはなにをやってるんだろう。一番つらいときに、周りにまで気を配る余裕なんてあたしにはない。
 みんなと混じって楽しそうに合いの手を入れる芹香の肩を叩き、そっと耳打ちした。
「ごめん。やっぱりあたし帰るね」
 芹香は静かに頷いてくれた。
「分かった。わたしも一緒に抜けようか?」
「ううん」
 あたしは少しだけ笑って首を横に振る。財布から自分の分の料金を取り出し芹香に渡した。
「ふたりで抜けたら目立つし、みんなにまた気を遣わせちゃうから」
「ひとりで平気……?」
「うん」
 じゃあまた明日。それだけ言うと、曲が一番盛り上がる部分を狙ってそっと部屋を抜け出した。派手なパフォーマンスをしている雪平の友人に注意が集まっていたため、あたしが部屋を出たのはみんなに気付かれないよう小さく手を振ってくれた芹香しか知らなかった。




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