03


「まあ、さ」
 芹香の手が伸びてきてあたしの頭にポンと置かれる。手のひらの温かさにまた涙腺がゆるむ。
「告白の時点で愛なんか語っちゃう男、ちょっとどうなのって思うけどね、わたしはさ」
 彼女の言葉は優しいのに痛烈だ。嗚咽すらも喉の奥に引っ込んで、なにも返すことができない。
 芹香には中学1年の頃から付き合っている彼氏がいる。どんな男子と付き合っても1年も続かないあたしにとって、芹香からもらう助言は例えるならローマ法王の教え並の重さに感じるのだ。
「でもね、だけど……」
 あたしたち、愛し合ってたと思うんだよ。
 そう思うのに、そこに愛があったと説明できる決定的ななにかを、あたしは挙げることができなかった。
 ふたりの間を形容しがたい沈黙が走る。
 あたしの返答を待つ芹香の視線に耐えられなくなったとき、机の脇に影が覗いた。
「あーあーあー、昼休みなのによくこんな重い空気つくれんな」
「雪平……」
 あたしたちの間に仁王立ちしていたのは、クラスメートの雪平浩司だった。
「雪平こそ、よくこんな重い空気のなか飛び込んでいこうと思うよね」
 嫌味っぽく芹香の口端が上がる。雪平はそれに動じるでもなく、にんまりと笑って見せた。
 それから雪平はあたしの方に向き直ると、ひとつ溜め息を漏らした。どうにもあたしには周囲の人間に溜め息をつかせる素質があるようだ。
「また彼氏となんかあったの?」
「……昨日別れたの」
 ふーん、と雪平からは薄い反応が返ってきただけだった。自分から聞いてきたくせに、と多少の腹立たしさはあったが、特になにを言うでもなくあたしはパック入りのいちごオレを啜った。
 あのタイミングで芹香との会話に割って入ってきた雪平に、今日は感謝していた。
「あんまり泣くとメイク落ちるよ」
「いいよ落ちても。目腫れちゃったから今日は薄化粧だもん」
「すっぴん見られても平気なひと?」
「なんかもう、いまあたしの気持ちはそういうところにない」
 化粧よりも精神的な面が崩壊寸前だ。あたしは虚ろな目で窓の外を見やる。




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