18


 
 朝目が覚めて最初に思ったことは、ここはどこだっけ、という疑問。記憶を遡ってひとりで納得して、次に思ったことは、体がとても重いということ。
 物理的な重さじゃない。全身を覆う倦怠感と熱っぽさが、体を起こすことを拒んでいる。
 薄く開けた目でぼんやりと天井を眺めていると、この部屋の主が視界の中に飛び込んできた。長い黒髪は再び高い位置で結わえられている。
「あんた、学校は? そろそろ出ないとまずいんじゃない?」
 言われて時計に目をやると、時刻は7時30分。急いで準備してもギリギリかもしれない。
 けれども、火照った体はどうにも動いてくれる気配がない。起きなきゃとは思うものの、脳から全身に回るはずの指令は確実に途中で諦めてしまっている。
「体だるい……」
 なんとか吐き出した声が、思った以上に弱々しくてびっくりした。シオリも少しばかり驚いた様子でこちらを見る。
 シオリの長い指が伸びてきてあたしの額に重なる。ひんやりとした手の感触が気持ち良かった。
「馬鹿ねえ、あんな寒空の下で何時間も座っているからよ」
 ごもっともな指摘が気だるい体に突き刺さる。そうですよね、と心のなかで呟いて、なんだか泣きたくなった。体調が優れない日というのは精神的にも落ち込みやすい。
 頭まで布団を被りシオリの目から身を隠すと、彼女の気配が遠のくのを感じた。とうとう見放されてしまったのだろうか。
 あたしの体温を吸い込んだ布団のなかに全身を埋めていると、頭が鈍く痛むことに気が付いた。本格的に風邪みたいだ。昨日の自分の無茶を振り返ってげんなりする。シオリが呆れるのも当たり前だ。
 今日はもう学校に行きたくないな。
 そうは思うものの、学校を欠席したからといってゆっくりと部屋で休んでいられるわけではないってことは、いくらあたしだって理解している。
 シオリにだってなにかしら用事があるかもしれない。親と縁を切ったと話していたから、生活費を工面するために仕事もしているだろう。
 けれども冷たい風に吹かれながら歩くことを思うと、どうしても部屋を出るのをぐずってしまう。ああ、布団のなかは暖かくて気持ちいいな……。
「ちょっと、」
 布団越しに体を揺さぶられた。いつの間にかシオリが戻ってきていたみたいだ。
 ごそごそと布団から顔だけを出す。すると、飛び込んできたのは枕元に置かれたミネラルウォーターと市販の風邪薬、それに湯気を立てるお粥と味噌汁だった。




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