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 形だけでもと布団に入っていると、戻ってきた彼女が天井から垂れる紐を引いた。暗くなった部屋のなか、隣のベッドに彼女が寝転んだことを気配で悟る。
「寝るの?」
「寝るでしょ」
 短い問いかけに短い回答。
 女の子のお泊まりと言えば深夜のおしゃべりが醍醐味なのに、と頬を膨らませるあたしは、どうして自分が見ず知らずの女性の家に上がり込んでいるのかすっかり忘れてしまっていた。
 しっかり肩まで布団を被っている彼女は確実に眠る体勢であったけど、めげずに声をかけた。
「いつもあの場所で歌ってるの?」
「そう」
「歌手とか目指してるんだ?」
「まあね」
「普段はなにをしてるひとなの?」
 そこまで言ったところで、ベッド脇のスタンドライトが光を灯した。
「あんた寝ないわけ?」
 呆れたような顔でざっくりと切り捨てられ、気持ちが唐突にしぼんでいく。
 仕方なく口を閉ざして目を瞑ると、隣から小さな溜め息が漏れた。やはり今日のあたしは他人に溜め息をつかせることが天才的に上手いらしい。
「あんたはどうして泣いてたの」
 初めて相手から投げかけられた質問にパッと気持ちが明るくなる。それから、すぐに深く暗い海のなかに落下した。
 そうだった。あたし、陽くんの思い出に浸って大泣きして、家に帰りたくないって駄々をこねたからここに居るんだった。
 笑ったり沈んだり忙しく変化するあたしの顔を、彼女が頬杖をつきながら眺めている。
 底の見えない海を疲労困憊するくらい泳いだのだから、これより深い場所などないように思える。半ばなげやりにあたしは答えていた。
「彼氏と別れたの」
 なんとなく予想はしていたけれど、彼女は同情する様子を見せてはくれなかった。さして驚きもせず、へえ、と短い返事だけが戻される。
 多分、嫌われているわけではなく、これが彼女の性格なのだ。出会った当初からさっぱりを通り越してドライな印象が強かったが、なんだかんだで彼女は面倒見の良い人間だ。いまだってこうしてあたしの話を聞く態勢を取ってくれている。
 だから彼女が大した相槌を打ってくれなくても、あたしは気にすることなく最後まで話すことにした。
 陽くんと仲良くなったきっかけ、観覧車での告白、自分の誕生日を祝ってもらうはずだったのに他の女と浮気をしていたこと。ただ、すごくすごく好きだったということも。




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