「い……いいの?」
「どうぞ」
いただきます、と呟いて傍らのスプーンを手にする。
口のなかに広がった味は、思いがけず優しかった。丹念に火を通した玉ねぎに、カレールーの合間から覗くオレンジ色はどうやらかぼちゃのようだ。舌を刺激する辛さはほとんど伝わってこない。
甘味の強いカレーは、さばさばとした彼女の印象とはほど遠かった。
「甘いカレー、好きなんだ?」
思わず出た問いに、正面で同じようにスプーンを動かしていた彼女が視線をよこす。
あまり間を空けずに答えが返ってきた。
「辛い方が好きよ」
それだけ言って、また黙々とカレードリアを口にする。
辛い方が好きって、だって……どう考えても甘口でしょ、このカレー。疑問符でひしめく頭を斜めに傾けながら、あたしも、それきり黙って食事をした。
シャワールームから戻ってきた彼女を見て、あたしは彼女の黒髪がウエストまである長さだということを初めて知った。
艶やかなストレートヘアには繋ぎ目が見当たらなくて、それが自身のものであることを物語っている。
「すごーい、綺麗な髪! ここまで伸ばすの大変だったでしょ」
興奮気味に話しかけるあたしに、彼女が少しだけ笑う。そして静かに言った。
「切らないって約束だからね」
誰との、と聞きたかったけど、聞けなかった。
多くを語らない彼女の口振りは、多くを聞くな、とあたしに要求しているようだった。多分、とても大事なひとなのだろうということを雰囲気から悟る。
あたしはそれ以上口は開かず、床に向かって一直線に伸びる美しい黒髪をただ眺めていた。
しばらくなにか考えるように遠くに視線を投げていた彼女が、不意にこちらに顔を向ける。
「そろそろ寝よう。明日も学校でしょ」
言われて時計に目をやると、普段ベッドに入る時間から1時間近く過ぎていた。もうこんなに経っていたなんて、と目を見開く。いろんなことがありすぎて時刻を確認する余裕なんてなくなっていた。
客用の布団一式を渡されて、彼女が髪を乾かしている間に黙々とそれをセットする。
いつもなら眠っているはずの時間なのだけど、ちっとも眠気は感じなかった。友人の家でのお泊まりみたいに浮き足立っている自分がいる。友人どころか、相手は今日が初対面の人間であるのだけど。