12


 飲み物を届け再びキッチンに向かったはずの彼女は、すぐにドアの隙間から顔を覗かせた。
 あと、となにか言いかける。
 続く内容が予想できずただ視線だけを返すと、一呼吸置いてから彼女が続けた。
「部屋のものあれこれいじられるの嫌いなのよ、私」
 決して強い口調ではなかったそれは、先程の行動を見透かしていたようで妙にあたしを緊張させた。再び頭だけを振って返答する。
 キッチンのドアが確実に閉まるまで、あたしの体は張りつめたままだった。
 なによ、親切心で直してやろうとしたのに、あんなこと言わなくたっていいじゃない。彼女の姿がなくなった部屋でむくれながらも、実のところ、どんな写真が飾られているんだろうという好奇心から手を伸ばしたことも否めなかった。
 ばつの悪さからついつい言い訳を探してしまう。
 そんな自分がなんだか恥ずかしい。
「まあ、いっか……」
 触れることの叶わなかったフォトフレームを横目で盗み見ながら、あたしはすぐに携帯電話を取り出した。
 受信したまま開いていなかった1件のメール。それは芹香から届いたものだった。
 無事に帰宅したかどうかを尋ねる内容に、一瞬黙り込む。少し考えてから、「今日は芹香の家に泊まるってことにしておいて」と絵文字をたっぷり使って返信した。
 送信完了画面を確認して携帯電話を閉じる。
 芹香はあたしからのメールを見たらどんな顔をするだろうか。きっと驚きと困惑でいっぱいになるに違いない。当の本人ですらこの状況がいまいち飲み込めずにいるのだから。
 ぼんやりと手のなかの携帯電話を眺めていると、思いがけない早さで彼女が戻ってきた。
 カレーってこんなに早く完成する料理だっけ、と不思議に思ったが、彼女の両手にはそれぞれ白い皿が鎮座している。
「ついつい作りすぎちゃうのよね、カレー」
 予想していたメニューには中心に卵が割り入れられ、焦げ目が綺麗なドリアとなって目の前に置かれた。上から大量にかけられたチーズがとろけている。
 彼女の口振りから、どうやら昨夜か今日の昼に作ったものの残りらしいと推測する。完成が早いのにも納得だ。
 食欲をそそる匂いに真っ先に胃が反応した。そういえばいつも夕飯を食べる時間から随分経っている。




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