09


 ふと思い出した記憶に、ただでさえ疲れている体がまた重くなる。きっと「また泣いてる」と面倒くさそうな顔をされる。
 家に帰りたくない。
 上げかけた腰をゆるゆると落とすあたしに、ギターの彼女は本格的に顔をしかめ出した。
「迷惑なのよ、そんな格好でちょろちょろされると。私まで怒られちゃうじゃない」
 あたしを頭から足の先まで眺めて彼女は言う。そんな格好とはつまり、制服のことだ。
 いいじゃない、あたしは客なのよ。今夜だけの付き合いだと思うとあたしの態度は強気になった。ツンと顔を背けて一言返す。
「帰りたくないんだもん」
 子供っぽい口振りだなとは思ったけれど、そんなことはもうどうでも良かった。彼女の呆れ顔が母のそれと被って、なんとなく意地になっていた。
 あのねえ、と彼女はなにか言おうとして、やめた。代わりにがっくりと肩を落とす。なにを言っても無駄だろうとあたしの態度から判断したらしい。
 頭を掻きながらなにやら考えている。あたしには関係のないことだ。まだ帰る気なんてさらさらないのだから。
 しかし彼女は思いがけない提案をした。
「じゃあ、私の家に来る?」
「へっ」
 驚きのあまり妙な声が出る。
 からかわれているのかと思ったのだが、平然と視線を投げ掛けてくる彼女は冗談を言っているようには見えない。
 確かに帰りたくないとは言った。けれどそれが、数時間前に初めて会ったひとの家に上がり込む理由になんかならない。ましてやたったいま一言二言話しただけの、素性の分からない女だ。
 でも、だけど……いまのあたしに他に行くところなんてある?
 あたしが返答に詰まっていると、今度は分かりやすく小馬鹿にしたような笑い方をされた。
「まあ別に来ないならそれでいいけど。私の迷惑にならないところに移動するか、おとなしくママのところに帰りなさいよ」
 細かな刺を感じる言い方だ。子供扱いを隠そうともしないその言葉に、頭に血がのぼるのを感じる。
 そっちがその気なら乗ってやろうじゃない。勢い良く立ち上がり、カッカカッカと燃える頭であたしは叫んでいた。
「行く!」
 挑むように少し低い位置から睨み上げるあたしと、飄々とした態度で少し高い位置から見下ろす彼女。沈黙は一瞬だった。




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