「久し、ぶり……だね」

いつも朗らかな彼が、ぎこちなく言った。
それもそのはず、僕は堀江くんをあからさまに避けていたし、こうやって二人きりになるのは二ヶ月ぶりだ。
冬空の下、二人掛けのベンチに座る僕達の間は不自然に空いていた。
僕は気まずさと罪悪感と緊張で、うまく言葉が返せない。

横目でこっそり見遣ると、とても生気のない顔をしていた。
何が堀江くんをここまでしたのか、僕は気になって気になって仕様がない。
やっぱり、どれだけ離れていても彼のことを想う気持ちはなくならなかった。
そして、ひたすら逡巡した後、僕はついに口を開いた。

「……な、何かあったの?」

勇気を出したその一言は風に攫われてしまったかもしれない。
全身が心臓になったみたいにどくんどくん、と脈打つ。
すると、ふふ、と柔らかい笑い声が聞こえた。
驚いて彼を見ると、困ったように笑っていた。

「嬉しいなぁ……俺、てっきり大宮には嫌われたんだと思ってたから、こんな風に気に掛けてもらえるとは思ってなかった」
「違う!……嫌って、なんか、ないから」

咄嗟に好きだ、と告げてしまいそうになった。
この時、僕は島本くんの言いつけなんて忘れて、ただの恋する人になっていた。
凍り付いていた心がじわりじわりと溶けていく。

「ありがとう……大宮と話せたってだけで元気になれた」

そう言った堀江くんは笑顔だった。
けれど、ずっと彼を見てきた僕には、その辛さは隠しきれてなくて。

「……彼女さんのこと?」

僕の問いに柔らかかった表情が一気に固まる。
それを見て僕の勘は当たったんだとわかった。
けれど、これ以上彼の事情に踏み込んでいいものか躊躇った。
堀江くんも口を噤んでしまい、再び苦い空気が流れる。
暫くして、掠れた声でそうなんだ、と彼は言った。

「最近ちょっとうまくいってなくてね……束縛が強いって言うか、俺が他の女の子と話してるだけで怒るんだ。最初は、やきもち焼いて可愛いなって思ってたんだけど……ここのところ酷くなっていって」

堀江くんの話を聞いて、僕には彼女の気持ちが少し理解できた。
かっこよくて人気者で何でもできて、そして優しくて。
誰にでも分け隔てなく優しいのは彼の長所だけれど、短所でもある。
どんなに優しくたって、他の人も同じ扱いなら結局彼の中ではその他大勢の内の一人にしかなれないからだ。
彼女も恋人という特別であるはずの位置にいながら、そんな感覚を何度も味わったんだろう。

「今日もデートだったんだけどね、また彼女がちょっとしたことで怒り出して、気付いたら別れ話になってて……さすがに堪えちゃって」

別れ話という単語に、僕はどきっとした。

「少し距離を置いてみたら?」

そう言ってから、後悔の念が押し寄せた。
もしかしたら自分にチャンスが巡ってくるかもしれない、と浅ましく思ってしまったのだ。

「あ、あの、わ、別れるとかじゃ、なくて、お互い好き同士、なんだし、今は冷静になった方が、向き合えるんじゃないかな、って……」

溢れそうになった恋心を隠そうと必死に言い訳した。
寒さからか、悴んだ口はうまく動いてくれなくて。
言葉に詰まっていると、彼はすくっと立ち上がった。
余計に焦ってしまい、頭が真っ白になる。

「そうだね……うん、そうだね。大宮の言う通りだ。」

予想外の反応に、思わずえ?と聞き返した。

「俺達もっと冷静になるべきだなって思う。……彼女にもそう伝えてみるよ。ありがとう大宮」
「あ……そ、そんな……僕は、別に……」

ストレートな台詞に照れ臭くなり、僕は俯いた。
多分顔が真っ赤だろうから。

「ううん、話聞いてもらえただけでもすっきりしたし、なんか色々気付かされたかも。本当、今日は会えて良かった」
「……ぼ、僕の方こそありがとう!その、学校で、あんな態度だったのに。今日話しかけてくれてすごく……すごく嬉しかった」
「……学校では話せないの?」

その一言に思わず顔を上げる。
完全に緩んでしまった今、僕はされてきた仕打ちを全て打ち明けたい衝動に駆られたからだ。
けれど、堀江くんが目に入った瞬間、それは消えた。
普段はどこにでもある公園の池でも、彼がその前に立っているだけで、どこか別の世界に映る。
冬の澄んだ空気がより綺麗に見せているのかもしれない。
そう、とにかく彼は綺麗だった。
何一つ穢れのない存在だった。



「うん……ごめん」

僕はうまく笑えただろうか。

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