「一人でこんなとこきて、何するつもりだ?」

後ろを見ると、にやけた顔の島本くんが後ろ手で戸を閉めた。
パタン、と密室になると外界の音が全て遮られる。
僕の浅く息を吐く音がうるさい。

「ちゃんと言いつけは守ってるか?」

まばたきも忘れて、僕は懸命に頷く。
島本くんはふーん、と興味のない反応を示しながら、僕に近寄る。
そして、顔を耳元まで寄せるとこう言った。

「朝、ハルと喋ってた気がしたけど?」

その言葉に心臓が凍りついた。

「あ……っご、め……ごめんなさい……も、もう喋らない、から……」

上擦った声で、必死に謝りながら、一歩後ろに下がった。
その瞬間、両肩を掴まれ引き寄せられ、ひっと小さく悲鳴を上げた。
島本くんは屈むと、襟首ギリギリの首筋を舐めた。
体が硬直して動かない僕は、されるがままで。
そうしている間に、ぷつり、ぷつり、とボタンを全部外され、肩を剥き出しにされる。
途端にがぶり、とその無防備な肩を噛まれた。

「痛っ……痛い、よ!」

身を捩ると、右手で腰を引き寄せ動きを封じられた。
島本くんが口を離すと、じんじんと痛みが沸き上がった。

「放課後、ここに来い。それから、携帯貸せ」

呆然としながら、携帯を渡そうとすると、じれったいとでも言うように、僕の手から奪い取った。
素早く操作すると、乱雑に返される。

「今後、俺の命令には従ってもらうからな」

返事なんて求めていないのか、何も聞くことなく出て行ってしまった。
携帯を見ると、登録件数が少ないから直ぐに島本くんのアドレスが入っていることに気付いた。
その名前を見た瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。

(これから、僕はどうなるんだろう……)

今まで薄明るくも見えていた未来が、ぶっつりとテレビの電源が切れるみたいに真っ暗になった。



そして僕の日常はまた上書きされた。
悪口や物が無くなることはなくなった、殴る蹴るの暴行もなくなった。
その代わり、僕という存在そのものが見えないとでもいったような扱いを受けた。
以前もいじめられている僕に話しかける酔狂な人はいなかったけれど、憐れんだ目で見てくる人や、気まずそうな表情をしている人がいた。
でも今は目を合わせることすらなくて皆、無表情だ。

多分、というか絶対に島本くんが何かしたのだろうと思う。
堀江くんだけは話しかけてくれようとするけれど、僕自身が避けている。
あの画像を見られて軽蔑されるくらいなら、まだ嫌われた方がましだと思ったから。

そして、無視されているだけではない。
もう一つ変わってしまった。
それは、僕と島本くんに体の関係ができたということだ。
そういう行為はあの日だけ、ただ僕を脅すためだけなのだと思っていた。
けれど、そうではなかった。

毎日とまではいかないけど、頻繁に抱かれる。
最初はそうとは知らず、放課後、呼び出された備品倉庫に行くと、有無を言わさず犯された。
携帯で動画まで撮られてしまい、次もそのまた次も彼の言いなりになるしかなかった。
行為をする度に、証拠の写真や動画を録画され、どんどん雁字搦めになっていった。

昼休み、人気のない穴場でご飯を食べていると急に現れ、そのまま一緒に昼食を摂ることもある。
そんな時は砂を噛むようにお弁当は味気ないし、食欲も減退した。
無理矢理吐かされたバイト先にも訪れるようにもなって、いつの間にか店長と仲良くなっていた。
その為か、買い物客でもないのに長居していても許され、最近では店の手伝いまで始めて。
ある時は、脅されて家まで知られてしまった。
四六時中監視下に置かれ、僕は抗う気力を完全に失ってしまった。

そんな日が二ヶ月近くも続いた頃だった。
久しぶりに島本くんから呼び出しのなかった休日。
街はまだ少し先のクリスマスに染まっていて、僕は何をするでもなくぶらついていた。
家にいると島本くんが来るかもしれないと落ち着かないからだ。
それなら、まだ賑やかな場所にいた方が気分も紛れた。

この町の繁華街は、大きな緑地公園を中心に栄えている。
昔から友達の少なかった僕はよくここで本を読んだり、のんびりすることが多かった。
それも高校に入ってからは精神的に一杯一杯で中々来れなかったけど。

今日はぽかぽかと陽気が良いけれど、じっとしているには寒いのでホットカフェオレを買って、池に面したベンチに座った。
遠くから子供達のはしゃぐ声が響き、からから落ち葉が木枯らしに吹かれ、たまに池の鴨が鳴く。
ずっと張り詰めていた糸が一気に緩んだ。
手の中のカフェオレから、体全身に熱が伝達していく。
ほうっと、白い息を吐いた。

「大宮……?」

突然、現実に戻す呼び掛けに振り向いた。
その先には、堀江くんが立っていた。

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