惰性で家まで帰り、お風呂に入って、そのままベッドに潜り込んだ。 腕とか背中とかお尻とかが、じくじく痛む。 携帯が鳴ったので手に取ると、堀江くんからメールが来ていた。 名前を見た瞬間、僕は携帯を放り投げた。 (汚い!汚い!汚い!) 嘔吐感が込み上げ、トイレに駆け込む。 吐くものはほとんどなかったけれど、なかなか嘔吐きは止まなかった。 出すだけ出すと、今度は目からぼろぼろと大粒の涙が零れ始めた。 「ひっ……ぐっ……うぇ……っえ……」 怖かった。 怖くて、気持ち悪くて、浅はかな自分が腹立たしくて。 想うだけなら自由だ、なんて馬鹿だった。 僕なんかが好きになってはいけない人だったのに。 だからこんな目に遭ったんだろう。 もう勘違いしない、身の丈に合った生き方をする。 でも、それでもやっぱり――。 (堀江くんが好き、好きだよ) 僕は一晩掛けて、その気持ちを心の奥底に閉じ込めた。 朝になり、気だるい身体を引きずって学校に行った。 いつもより早く着いたためか、人はまばらで、少し息を吐いた。 窓際の席へ着こうした時、小石を踏んだ感触がした。 足を退けて見てみると、僕は青褪めた。 ふらふらと、鞄を机に置く。 一度椅子に座るも、じっとしていられず、すぐに立ち上がるとさっき踏んだ物を拾い上げて足早に教室から出た。 人気のない場所を目指して、闇雲に走る。 非常階段の踊り場に出たところで、膝をついた。 がくがくと震える中、手の中の物を見る。 それは小さなボタンだった。 教室に転がっていても誰も気にも留めない。 でも、僕にはこの小さな物が恐怖でしかなかった。 何故ならこれは、僕の制服のボタン、床に散らばった陵辱の証だから。 もしも、これが僕の物だとバレたら、もしも、昨日夜の教室であった出来事を推測されたら。 ありもしない妄想に僕は怯えた。 教室に戻りたくなかった。 けれど、そんなことをすれば島本くんにあの画像をばらされる。 もしかしたら、仲間内で既に出回っているのかもしれない。 その誰かが、クラス中の皆に話しているかも、堀江くんまで知られているのかも。 一度想定すると、それが本当に現実で起こっているんじゃないかと思った。 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。 僕は震えながらも、一歩、一歩と教室に向かう。 その間すれ違う生徒や先生が僕を見てひそひそと噂しているような気がして歩調を速めた。 教室に着くと、さっきより騒然としていた。 島本くんはいなかったけれど、彼らはもう来ていた。 倒れそうになりながらも、中に入る。 「大宮、おはよう……ってどうしたの?顔色悪いけど」 堀江くんがいつものように朝の挨拶をしに僕の席まで来た。 血の気が引いた僕に気付き、心配そうに顔を覗き込む。 その時、堀江くんの手が肩に触れ、僕は思わず振り払ってしまった。 「あ……ごめん、もしかして体痛かった?」 「ごめん!な、何でもないから……大丈夫だから……放っておいて、ほしい」 堀江くんにもう一度、ごめんと言うと訝しげな表情で離れていった。 遠のく気配に、僕は涙が出そうになる。 そのやりとりを見ていた彼らから非難する声が挙がったけれど、堀江くんが宥めているのが聞いて取れた。 (最低だ、僕。堀江くんは心配してくれたのに……あんな、態度取って……) あの時、堀江くん越しに彼、島本くんが教室に入ってくるところが見えたのだ。 一瞬で、あの約束が甦った。 だから咄嗟に手を振り払った。 はしたない僕の画像を見られたくなかったから。 それだけじゃない。 僕の体は汚れてしまったから。 そんな僕に触れると、綺麗な堀江くんまで汚してしまうような気がした。 詰まる所、二度と僕は堀江くんと触れ合えないということになるけれど、元々高望みはしていなかった恋だ。 堀江くんと少しお喋りしたり、一緒に遊んだり、それだけで僕は幸せだった。 でも、もうそんな幸せも願ったりはしない。 僕の傲慢な想いは無くさなければいけないのだから。 その後、島本くんは普段通り仲間と話し始めて、僕が考えた最悪の事態にはなっていなかったようだった。 幾分か安心して授業を受けたけれど、休み時間の度にまた恐怖が襲ってきて、僕は落ち着くことなく教室から逃げ出していた。 お昼休みになって、食欲もなかったから、どこか一人になれる場所を探した。 体育館裏に広がる教職員用の駐車場。 その脇にひっそりと六畳程の備品倉庫がある。 ホースや、スコップなどの予備が保管されている場所で、ほとんど使われていない。 美化委員で使うじょうろはそこに置いてあり、尚且つ鍵がかかってないことを知っていた。 プレハブのアルミ製ドアを引いて入ろうとした時、後ろから押し込まれた。 同時にふわりと香った覚えのある匂いで、振り向く前にまた体ががくがく震えた。 << >> |