「ぐっ……うぅ!んう……っ」
「ちっ!根元まで銜えろよ!ヘタクソ!」

佐野がマンションに帰らなくなって一月。
最悪な状況に、智樹は身を置いていた。
唯一、安心できた自分の城に少年が押し入るようになったのだ。

「舌も動かせっつってんだろーが!!」
「んぐっ!ううっ!」

少年は智樹の後頭部を鷲掴みにすると、激しく揺さぶった。
苦しさから生理的な涙がほろりと零れる。
そんなものはお構いなしにと、少年はただ己の欲を追うだけだった。
どれくらいかして、高まった欲望を吐き出した後、智樹を蹴り飛ばし去っていった。

智樹は少年から口での奉仕をするように強いられていた。
けれどそれは仕方のないことだと思っている。
自分は不遜な想いを抱いてしまったのだから、と。

(佐野さん……佐野さんに……会いたい)

一ヶ月前のあの日、朝、目を覚ますと佐野の姿はなかった。
それから二日経てど三日経てど、現れる気配がない。
一週間もすると、智樹は息苦しさで耐えられなくなった。
佐野の顔が見たい、匂いを感じたい、逞しいその腕に触れたい。
大して優しくされたわけではない、むしろその逆ばかりで怖さだってある、それでも会いたい。
たまに叔父達家族が観ていたドラマでしか知らないけれど、恋や愛とはこのことなんだろうか、とない頭で懸命に考えた。

そっと、ウォークインクローゼットの扉を開く。
元々は佐野の寝室から繋がっている為、扉の向こうには主のいない静寂な部屋がぽつりとあった。
恐る恐るキングサイズのベッドに近寄る。
ゆっくりと絹のシーツを手に取ると、ふわんと煙草の香りが沸き立った。

(あ……佐野さんの匂いだ)

そのまま、顔だけシーツに埋もれた。

(佐野さん、もう帰ってこないのかな……今度こそ本当に僕に呆れたのかな……僕が役立たずだから、でも、次は頑張るから。もう一度だけ会いたい)

会えばこの不可解な気持ちが何なのかわかるような気がする。
佐野さん、と空気のような声を落とした時、寝室の扉が開いた。
弾くように、顔を上げる。
するとそこには、

「てめぇ……何やってんだよ」

驚愕の表情から瞬時に、怒髪天を衝いた少年が立っていた。

「ここは佐野さんの部屋だろうが!!」

横っ腹に衝撃を受けた次の瞬間、目の前が真っ白になりチカチカした。
じわっと熱のような痛みから、ようやく壁に叩きつけられたんだと理解する。

「気持ち悪ぃんだよ!佐野さんがちょっと相手したからって本気になったのかよ!?言っとくけど、情けをかけたわけでも性欲処理に使ったわけでもねーよ!嫌がらせに決まってんだろうが!勘違いすんな、カス!」

今まで以上に激昂する少年に、智樹は縮み上がる。
逃げたくともそれも叶わず、できるだけ壁に身を寄せる。
そんな抵抗も空しく、少年は智樹の眼前まで迫ってきた。

「この男好きの淫乱が」

そして少年の手に捕まってしまったのだ。



少年は佐野の前では決して智樹に手を上げなかった。
というよりかは、熱心に佐野の世話をしていたようで、考える暇がなかった、と言ったほうが正しい。
だが、佐野が帰ってこない現状、少年を抑制する者はいない。
そのことが拍車を掛けたのか、少年の暴挙は止まる所を知らなかった。

殴る蹴るは当たり前。
一応、佐野のことを考えてか、顔には痕を残さなかったが、服の下は目を背けたくなる程、痣で埋まっていた。
そこに性的な暴行まで受けた。
無理矢理、少年のものを口で奉仕させられ、それは少年が満足するまで決して許してもらえなかった。

少年は智樹を性的対象として見ているわけではなかったので、体を繋ぐことこそなかったが、それでも智樹の心は傷ついた。
智樹を罵倒し、身体的特徴を馬鹿にし、屈辱的な言葉を紡がせ。
それらは、佐野に乱暴に抱かれた時よりも、ずっとずっと智樹を苦しめたのだった。

朝から夜まで、少年に好きなようにされ、智樹は心も体も滅茶苦茶になっていった。
特に、暴行を受けるとただでさえ病弱な体は悲鳴を上げるのに、熱があろうと血の気が引いていようと少年は躊躇しない。
これまで、どんなに劣悪な環境にいようと、起き上がれない程、体が弱れば無理強いされたことはなかった。
今日も、熱で全身がだるく動けなかったのに、少年は奉仕を強要した。
ここ最近は抵抗する気力も削がれて、何も考えずに従うばかりだ。

苦悶に満ちた中で、智樹の心を支えていたのはたった一度だけ優しさを与えてくれた佐野の幻だった。
今では遠い昔のようで、日に日に夢だったのではないのかと思うようになった。
あの時、智樹は錯乱していたし、ほとんど記憶にない。
こうされたい、という願望が夢幻として現れただけでは、と。
けれど、それならばもう夢でも幻でもいい。
夢でなら、あの佐野もうんと優しいのだから。


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