夜が怖い。
子供の頃、母がまだ夜遅くまで働いていた。
大人がいないと時々不安になることもあったけれど、そんな時は必ず千晴がぎゅっと手を握ってくれた。
千晴が不安そうな時は僕がそうしていた。
だから夜が怖いと思うことはあまりなかった。

今は夜の帳が下りると底知れぬ恐怖が湧く。
それを分かち合う半身はもういない。
千晴は消えた。
学校鞄や脱ぎ捨てられた制服、勉強机の上には辞書やプリントが置かれていてそのままだった。
だけど開けっ放しになったクローゼットの中からはお気に入りだと言っていたワンピースや、いつも着ていたシャツが消えていた。
漠然と千晴は出ていってしまったのだな、と思った。

千晴がいなくなった日の前日、僕と千晴は喧嘩をした。

「もう、耐えられない!お兄ちゃん今すぐ逃げようよ!」

悠一さんはいつも千晴に手を上げようとするけれど、僕が庇っていた。
しかしその日は庇いきれず、千晴は吹っ飛ばされて壁に激突したのだ。
必死で部屋に逃げ込み、泣いていた千晴を落ち着かせた。
そして今すぐ出て行こうと乞われた。

「駄目だ……。卒業までは我慢しないと。騒ぎが大きくなって警察沙汰にでもなれば見つかる可能性が大きくなるんだ。わかるだろ?」
「でも、でも!今時家出なんて珍しくないし……このままじゃあ私達殺されちゃう!警察でもなんでもいいじゃない。虐待されてるってわかれば守ってくれるよ」

実際康太さんからも同じことを何度か言われたことがあった。
きっと警察や児童相談所なんかに通報すれば僕たちは助かるのかもしれない。
でもその度に昔の優しかった悠一さんが頭を過ぎる。
悠一さんが警察に捕まれば僕達は平穏な生活を手にすることができるのかもしれない。
それならば、悠一さんはどうなるのだろう。

どうして僕達を傷つけるのかわからないけれど、それほど母を失った悲しみが深いということだ。
このことが公になれば社会的制裁を受けることは間違いないだろう。
確か悠一さんも母と同じく両親を早くに亡くしたと言っていた。
そうなると彼はきっと独りになってしまうのではないか。
僕はその時、家を出ることへまだ迷いがあることに気付き呆然とした。

「千晴……大丈夫だから。もう少しの我慢だよ」

そう言うことしかできなかった。
千晴は納得した様子ではなかったが、押し黙った。

そうして次の日、千晴は失踪した。康太さんと共に。
千晴がいないと悟った時、康太さんのアパートへと走った。
康太さんの顔を見て安心したかったのかもしれない。
窓からは室内が真っ暗で家主の不在を表していた。
僕は康太さんの部屋の前に座り込んで、今か今かと彼を待ち侘びた。
陽が落ちようとも日付けが変わろうとも康太さんは帰っては来ず、結局夜明け前に家に戻った。

悠一さんは起きていた。
仕事から帰ってきてそのままなのか、ネクタイを外しただけの格好でいた。
僕がリビングに入ると無言で睨みつけてきた。
悠一さんが何も喋らない時は一番怒っている時だ。
ゆっくり歩み寄ると平手で殴り飛ばされた。
倒れ込んだ僕に悠一さんは馬乗りになる。

「千晴はどこだ」

ぞっとするほど低く重い声だった。

「千晴……千晴、いない……」
「どういうことだ?」

しどろもどろになりながらも千晴が家を出たことを告げた。
その後のことはあやふやで、悠一さんが学校や警察に対応していたのだけは薄っすらと覚えている。

――卒業式の日に家を出よう。
僕らはそう約束していた。
もしかしたらその日、千晴と悠一さんが迎えにきてくれるのかもしれない。
一縷の望みが見つかり、僕は学校に行くこともなくひたすらカレンダーを見続ける生活を送った。
その間悠一さんに殴られたり罵られたりしたけれど、前よりも痛みを感じることはなくなっていた。

しかし新芽が顔を見せる季節になっても千晴達は現れることはなかった。
警察もただの家出と判断し形式上捜索願を受理するだけに終わった。
学校からは一度連絡があったけれどそれきりだ。
千晴がアルバイトの面接を受ける予定だった店に問い合わせてみたけれど、成果はなかった。

そこでやっと僕は二人に見捨てられたのだと理解した。



「晴美……晴美っ」
「はぁっ……んぁ、や……っ」

ぐちゅぐちゅと濡れた音が結合部から嫌に大きく響く。
肉棒をねじ込まれると甲高く掠れた声がどうしても出てしまう。
あまりにも強烈な快感に自然と体は逃れようとするも、悠一さんが腰をがっちり掴んでいてそれを許さなかった。

「晴美っ出すぞ……!」
「あっあっあっ……やぁ!」

下腹部にじわっと体液が広がる感覚が伝わった。
達しても悠一さんはまだ僕に覆い被さったまま、鎖骨辺りを執拗に吸う。
そうして付けられた赤い花は鎖骨だけでなく首筋から背中や太ももと全身に咲いている。

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