悠一さんが母の名を呼びながら僕を抱くようになったのは、千晴が出ていって暫くしてからだ。
千晴と康太さんの失踪にショックを受け、茫然自失していた僕は家を出るどころか引き篭もっていた。
ただ悠一さんが帰ってきては殴られ、眠る。
悠一さんのために家事をし、命じられたことは素直に従った。
やっていることは以前と同じだったけれど、今は何も考えないロボットのように淡々とこなしていた。

その日は悠一さんの帰りが遅かった。
晩御飯はとっくに冷めていて、僕はそれをダイニングでぼうっと見ていた。
玄関からバァンという衝撃音が響きはっと意識が戻った。
様子を見に行くと、悠一さんが壁に寄り掛かってかろうじて立っているという状態だった。
確認しなくてもそれはお酒のせいだと匂いでわかる。

「お水……持ってきます」

そうしてダイニングに引き返そうとした瞬間。
ぐるりと景色が回り、気付けば悠一さんに押し倒されていたのだ。

「晴美、帰ってきたんだな、晴美ぃ」

熱っぽく母の名を呼ぶと息も出来ないくらいの口づけをされた。
アルコールと生ぬるい舌の感触、それが僕のファーストキスだった。
抵抗できなかったのか、する気もなかったのかそのまま僕は悠一さんに抱かれてしまった。

明くる日悠一さんはどこかぎこちなかった。
酔っていても記憶は残ったのだろう。
二日経ってもずっと気まずい雰囲気だった。
その間手を上げることもなかった。

三日目の晩、夜中にふと圧迫感を受け目が覚めた。

「ん……ぁ……悠、一さっあ、ぁん……っ」

服はほとんど脱がされていて、晒された肌を悠一さんが舐めていた。
初めての時はないに等しかった愛撫で身体がどんどん熱を上げる。
乳首が腫れるくらい舐られたり、お尻を揉みしだかれるとまるで自分が女の人になった錯覚に陥る。
いつ用意したのかローションで中をとろとろに解されると嬌声をあげた。
男の人特有のごつごつした長い指で肉壁を擦られる。
自慰の時に自分で後孔を弄る感覚とは違ってすごく気持ちいい。
僕はもう雌の気分だった。
赤黒くそそり立った肉棒を後孔にぴたりとくっつけられても期待や興奮はあっても嫌悪感はまるでなかった。
ずぶずぶ、と挿入されていく内に何故か涙が零れた。
悠一さんは何も言わずそれを舐め取ると、律動を始めた。
僕は体を揺さぶられながら目の前の男にしがみついた。

以来、悠一さんに手を上げられることは滅多になくなった。
その代わりに体を重ねるようになった。

いつでも家を出ることはできたし、セックスだって拒絶すれば止めてくれたのかもしれない。
なのに僕はまだここにいて、身体を許す。
千晴と康太さんがいなくなってからは何をするのにもどうでもよくなって堕ちる所まで堕ちたかったのだ。
それに全てを失った僕にはもう悠一さんしか縋るものがなかった。
母を失い、身寄りもない悠一さんも僕と同じなんだろう。
こうして僕と悠一さんの奇妙な生活が始まった。



僕達の関係は名前をつけることができない。
母がいなくなった時点で家族とは呼べなくなっただろう。
けれど他人というには密接で、保護者というのも何か違う気がする。
まだ暴力を振るわれていた頃の方が義父という存在に近かったと思う。
事務的なやりとり以外の会話はない、平日で顔を合わせるのは朝夕の食事だけ。
だけど金曜日の夜はそうじゃない。
食事を終えると食われるような口づけをされる。
そうして寝室まで待てないと言わんばかりに毎回リビングのソファに組み敷かれる。
獣のような行為が終わった後はお風呂場で求め合って、ベッドでそれこそ精根尽き果てるまで睦み合う。
次の日も真昼間から燃え上がる。
この時の僕達はまさに動物のそれで、時間や場所など関係なく交わっていた。
そうして日曜日の夜まで続き、月曜日になれば淫靡な空気など全く感じさせない淡々とした二人に戻るのだ。



そんな日々が流れ、黄に色づいた木の葉が舞う十月二十五日。
僕はその日が近付くにつれどんどん気が滅入った。
十月二十五日――僕と千晴が十九歳になる日だからだ。
去年まで共に歳を取り、共に祝われ祝っていた片割れが今年はいない。
そればかりか千晴を思い出すと康太さんのことまで頭に浮かんでくる。

(今頃、どうしているのかな……二人で暮らしているの?)

今までその事実を認めたくないために考えていなかったことがある。
千晴と康太さんは恋愛関係にあるのか、ということだ。
否、考えずとも本当は気付いていたのだ、二人が想い合っていたことは。
双子だからなのか、単に距離が近かったからなのか、千晴の気持ちは手に取るようにわかった。
悠一さんに暴力を受けていたのは僕なのに、それよりも康太さんは千晴を案じていた。
最初から二人の間に入ることなど到底無理だったのだ。
義父に暴力を振るわれている兄やその義父も所詮二人の恋愛を盛り上げるスパイスにしかなりえなかった。
僕の思考は底なし沼に嵌ったみたいに落ちていった。

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