どんどん気力も削がれ、二人して疲れきっていた頃。

「二人とも俺の家に来い。来年から俺は社会人だし、二人を養うくらいできる」

意志の強い眼差しでそう言ってくれたのは桂康太(かつらこうた)さん――あの夜、傘を貸してくれたコンビニの店員さんだった。
康太さんとは傘を返してから仲良くなった。
初めは悠一さんと同じくらい背が高く大学生と言うには大人びていたので、僕も千晴も警戒していた。
けれど少し口角がひくついて不器用に笑う顔や、相手をまっすぐ見つめる目は全然義父とは違った。
自分では頑固で面白味のない人間と評していたけれど、彼は今時正義感に溢れた情け深い人だった。
僕も千晴もあまり人付き合いが得意ではなかったけれど、表裏のない真っ直ぐな康太さんに僕達はすぐ心を開いた。

康太さんはコンビニでアルバイトをしている大学生だと言った。
僕達の家の近くにあるアパートで一人暮らしをしている。
康太さんとは康太さんのアルバイト終わりにコンビニの前で少しお喋りしていただけだったのに、悠一さんのことがばれてから部屋に招いてくれるようになった。
悠一さんのことは誰にも言えなくて、寧ろ言ってはいけないような気がしていた。
だけど、千晴がトイレにいって僕と康太さんの二人きりになったことがあった。
いきなり腕を掴まれたかと思うと真剣な顔つきをした康太さんが言った。

「この痣、転んだって言ってたけど違うよな?千尋、本当のことを話してほしい。俺はお前や千晴が困ってるなら助けたい。守ってやりたい」
「康太、さん……」

堪えきれず語気が弱まった。
鼻の奥がツーンと痛くなると、ボロボロと涙が零れた。
康太さんはただ僕の頭を撫でてくれた。
その優しさに箍が外れたように僕は大泣きしてしまった。
そうして全てを話すと彼は怒りを露に警察に行こうと言い出した。
僕達はもう家を出るつもりでいることを伝えてなんとか引き止めたものの、ならば自分が話をつけると息巻いた。
僕と千晴は誰も巻き込みたくないと必死に説得すると、康太さんはならば俺の家にこいと力強く言ってくれたのだ。



それが恋だと気付いたのは少ししてからだった。
千晴と康太さんが顔を寄せ合って親密そうに話をしていた。
たったそれだけで急に胸の中がぐちゃぐちゃに掻き回されたように激しく動揺した。
夜もその光景が忘れられず眠れない日々が続いた。
僕は康太さんに恋をしている。
そんな考えが過ぎった瞬間、体がカッと熱くなった。
間違いなく恋をした証だった。

そして恋をした途端、僕の思考はクリアになって随分前向きになった。
以前は先の見えない暗闇にただ震えてばかりいたのに、今は卒業をした後のことまで考えれるまでになるとは不思議だ。
不思議だけれどそんな自分が好きだと思えた。

千晴と出した結論は二人で家を出る、ということだった。
今からでは就職活動は間に合わないのでまずはアルバイトをして生計を立てるつもりだ。
それならば、と康太さんは再度一緒に暮らさないかと誘ってくれたが僕達は首を振った。
自分達で自活できない限り一生義父に怯えて生きていくだろうと考えたからだ。
あの家から逃げ出すのは卒業式の日と決めた。
それまでの数ヶ月間、悠一さんには絶対に悟られてはいけない。
とにかく今はまだ我慢しよう、そう千晴と励まし合った。


日に日に悠一さんの暴力は増し毎日ボロボロになっていた。
最近では気絶することもあるくらい執拗でもあった。

「千尋、辛いだろうけど千晴は女の子だから。家ではお前が守ってやらないといけない。できるよな?」

会う度に康太さんにそう言われると、どんなに身体が悲鳴を上げていても頑張れた。
たまに康太さんの前で泣いてしまうこともあったけれど、そうすると頭を撫でてもらえて少しの間幸せな気分に浸れた。
こんな最悪な状況でも僕は幸せな恋をしていると思っていた。
家を出て生活が落ち着いたら、彼に気持ちを伝えようと密かに心を決めてた。
しかし、それは泡沫の夢で一瞬にして弾けた。



重たい雲が立ち込めて薄暗い夕暮れだったと思う。
卒業まで残すところ三ヶ月で、受験に向けて三年生の登校日も徐々に減ってきている最中だった。
進路について先生と話し込んでしまい遅い帰宅になった。
いつもなら千晴は一人で家にいるのが怖いと僕を待っているけれど、その日は喧嘩をしていたためか先に帰っていた。
何故かわからないが嫌な予感がした僕は急ぎ足で帰路につく。
玄関のドアを開けるといやに静かだったのを覚えている。
薄暗いリビングがほのかにオレンジがかっていた。

「千晴……?」
ゆっくり階段を昇る。
喉がカラカラに渇いて手足がすっと冷たくなった。
部屋の前でもう一度千晴に呼びかけるも何も反応はなかった。
そして運命の扉を開けた。

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