「お前は千晴の家に帰りなさい……そしてもうここには来るな」

言葉と共に僕を引き離そうとしたところで悠一さんはぴたりと固まる。
その目線の先は、無数の鬱血が散りばめられた僕の身体だった。
悠一さんは信じられないといった風に目を瞠ると、どんどん顔を青くしていった。
今にも泣き出しそうなくらい悲愴な面持ちで、僕は心配になった。
声をかけ顔を覗き込もうとすると近寄るな、と声を荒げた。

「俺はなんてことを……クソ!父親になると決めたのに!クソ、クソ!」

夢じゃなかったのか、と彼は言った。
それまで僕は一体何のことかわからなかったけれど、昨日の行為について少なくとも悠一さんは後悔しているということだけ理解した。
その事実だけで心が折れそうになる。
だけど僕には悠一さんだけしかない、きっとこの先好きになれるのは悠一さん以外にいないのだ。
そう思うと何だってできそうな気がしてきた。
僕は彼の大きな手をぎゅっと握った。
すぐに腕を引こうとしたけれど、僕は絶対に放さなかった。

「悠一さん、聞いてください」

僕の落ち着いた声に悠一さんは抵抗を緩めた。

「僕は、悠一さんが好きです。家族としてじゃない……一人の男として、悠一さんに恋をしています。だからあなたのそばにいたいし、こういう……キスやセックスだってしたい、って思ってる。悠一さんにとって僕はお母さんの代わりみたいなものなのかもしれない。でも、それでもいいからそばにいさせてください」

酷い告白だ、と思った。
まさか生まれて初めてする愛の告白が想い人の代わりでもいいと言う日がくるなんて想像だにしなかった。
ましてや相手は義理とはいえ父親だ。
傍から見れば僕は狂っているように見えるのだろう。
けれどこの想いは間違いなく純粋で、ただ好きになった人が父親だったというだけのことだ。
悠一さんはゆっくりと顔を上げた。

「それは勘違いだ。俺にセックスを強要されてそう思い込んでいるだけだ」
「違う!絶対に違う!……確かに、初めはそういう気持ちじゃなかった。千晴に捨てられて自棄になってました。だけどどんどんあなたのことを考えるようになったんです。本当のことを言うと千晴のことは少し忘れていたというか……それだけあなたのことしか考えられなくなったんです!」

これが恋じゃないというなら、恋とはなんなのだろう。
そんな思いで悠一さんを縋るように見つめた。
すると、彼はぽつりと話し始めた。

「俺はお前の言うとおりお母さんの……晴美の代わりとして見ていた。否、最初は千晴のことをそういう風に見ていた。千晴はあまりにも晴美に似ていたから。だから一線を越えてしまわないようにと、お前達には酷いことをした。本当にすまなかった」

あの暴言や暴力にはそういう理由があったのか、と驚いた。
千晴が特に辛くあたられていたのは母の面影が強すぎたから。

「千晴がいなくなった時は正直ほっとしたのが先だった。お前は残っていたが、男だし最悪なことにはならないだろうと高を括ってたんだ。それで気が大きくなって久しぶりに酒を飲んだら……」

言い淀んだそれは酔って帰ってきたあの日のことを指しているのだろう。
僕達の関係はあの時から始まったのだから。
「一回手を出すともう駄目だった。歯止めが利かなくなって……お前が応えるようになってからはもうどう扱っていいのかわからなくなった。父親としてやり直そうと何度も思った。だが、お前を恋人のように存分に甘やかしたいとも思った。その時既に晴美の代わりだなんて考えもしなかった。葛藤を続ける中、千晴が現れた時はお前を千晴の下にやるしかないと、それが誰にとっても一番だと信じた」
「僕は耐えられなかったよ……悠一さんと離れておかしくなりそうだった」
「はは……俺もだ。お前が行ってしまってからは酒に逃げてこんな有様だ」

僕がいなくなって荒れた生活を送っていたと聞いて嬉しさで身体の芯が震えた。
感極まり、悠一さんの胸に飛び込む。
彼は拒絶せず、寧ろ僕を抱き締めてくれた。

「悠一さん、好きです!大好き!」
「いいのか……こんな俺で。一応父親でもあるんだぞ。それに歳も離れているし、お前に暴力を振るっていた。何よりお前の前じゃあただの獣に成り下がる」
「知ってる。悠一さんの最低なところはいっぱい見てきたから。だけど、それでも好きになったんです。それじゃあ駄目ですか?」

ふいと顔を上げると、悠一さんは優しく微笑んでいた。
僕も笑い返すと、ちゅっと軽く口づけされた。

「この先の人生、何が起こるかわからないがお前のことだけを愛し続ける。だから俺のそばにいてくれ」

僕は返事の代わりに、唇を重ねた。

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