久しぶりに見た彼は、より一層近寄りがたくなっていた。 好きと自覚した途端、僕はもっと彼を意識してしまった。 彼のことを見ていたい、けど嫌われたくない。 そんな気持ちが押し合いして、決着がつかないままあっという間に放課後になってしまった。 それからも松原くんに、僕の想いを少しでも伝えたいと思ってみても、一度、糸口を逃してしまった僕は、幾度となく失敗に終わった。 そうして、朝になっても、昼になっても、夜になっても僕はずっと1人だということに気が付いた。 松原くんも、家族も、誰も僕のことを見向きもしない。 それが普通だったのに。 僕にとっての日常だったのに、胸が張り裂けそうでたまらなくなった。 それはある日、突然僕の元へ届いた。 学校から帰ると、一通の手紙がポストに入っていた。 宛名を見ると、へたくそな字で、平野陽、と書かれていた。 僕に?誰から? 嬉しさと、戸惑いで久しぶりに脈が大きく打った。 急いで、自室に入ると鞄をおざなりに置いて、手紙の封を切った。 差出人は、5年前の自分だった。 授業の一環で5年後の未来の自分宛に手紙を書く、ということだった。 そういえば、そんなことをしたなぁ、とぼんやり思った。 そして、へたくそな字を目で辿り、読みきった時、僕は家を飛び出した。 走って、走って、途中で転んでも、僕は走った。 あの人の元へ、僕は走った。 未来の僕へ 5年2組 平野 陽 こんにちは。未来の僕は元気ですか? 僕はあんまり元気ではありません。 未来の僕には友達がいますか? 僕は今、友達と呼べる人がいません。 5年後の僕は、ちゃんと言葉で伝えられるようになっていますか? 僕は気持ちを伝えることがとても苦手なので、 未来の僕はそうでなくなっていたらいいなぁと思います。 もし、苦手なままでも、きっと好きなら「好き」と言えるように、 僕は今から頑張ります。 だから、未来の僕は、好きなら「好き」と言えるようになっていてください。 通いなれた、けれど久しぶりに来る彼のアパートは無人だった。 仕方なく僕は部屋の前で待っていることにした。 何分経ったのか、何時間経ったのか。 空が暗くなっても彼は帰って来ない。 途中、部屋から出てきた隣の住人に不審な眼差しを向けられたが、僕は頑として動こうとしなかった。 僕の心はもう決まっていたからだ。 彼に、松原くんにこの気持ちをきちんと伝えよう。 どんなに嫌われたって、蔑まれたっていい。 僕は、僕は、言うんだ。 松原くんに、言うんだ。 「平野?」 振り向けば、私服姿の松原くんが呆然と立っていた。 松原くん、と言おうとしたけどひゅう、と喉が鳴って声が出なかった。 ガチャガチャ、と鍵を開けると入れよ、という呟きが聞こえた。 彼の背中が扉の向こうに消えたのを見て、慌てて部屋に入った。 << >> |