「何だよ、…うわ、すげーキスマーク」

キスマークって何だろう。

「え?…げっ、尋常じゃねぇ数だな」

もしかして、いつの間にかある斑点のことかな?

「だろ?これ女じゃねーって」
「はぁ?じゃあこいつホモなの?」
「つーかさ、もしかして、相手あいつだったり」

男たちが口々に言う。視線が自分に突き刺さるのを感じ取り、僕は気絶寸前だった。

「おい、下も脱がせろよ」

その一言で、下半身も晒され、僕は身に纏うものがほとんどなくなっていた。

「やっぱり、内腿にまであるぜ」
「何だよ、パシリじゃなくてセフレかよ」
「趣味悪すぎるけどな」
「それだけアソコがいいんだよ」
「マジか」

じゃあ、お相手してもらおうかな。
一人がそう言った。
何となく、会話の流れでその意味がわかった。
これから起こることを想定して、僕はそっと涙を流した。



松原くん、怖いよ。
松原くん、ごめんなさい。
松原くん、助けて。
松原くん、松原くん。



「陽ぁ――っ!!!」

ガシャーンという音と、男たちが叫ぶ声と、そして、そして、僕の望んだあの人の声が遠くのほうで聞こえた。

「陽、ごめんな…ごめん」

謝るのは僕のほうだよ。
松原くんに迷惑かけて、余計なことさせてごめんなさい。
それから、ありがとう、松原くん。




長い、長い夢を見ていた気がする。
知らない男たちに連れ去られて、松原くんが助けてくれて。
そんな都合のいい夢。
とても怖かったけれど、松原くんの必死に助けてくれる姿が見られたから幸せだった。

だから、目が覚めて、いつもの不機嫌そうな彼の顔を見ると、少し落ち込んだ。
やはり夢だったのだと。

「平野、」

でも、僕は間違っていたのだ。

「もう俺に関わるな」

本当の夢は、今、覚めたということを。



ふ、と我に返ると自分の部屋にいた。
何だかとても長い夢を見ていた気がする。
どっと疲れが押し寄せてきて、そのままベッドに突っ伏した。



風邪がぶり返し、2、3日寝込んでいる内に夏休みに入っていた。
これから1ヶ月、松原くんに会わないだろう。
そう思うと、ほっとしたのに、胸がずきずきした。
痛みは止まなくて、止めることもできなくて、甘受するしかなかった。



結局、僕は夏休み中一歩も外に出なかった。
一歩も、と言うと語弊があるかもしれないけど、必要以上家から出ることはなかった。
胸の痛みはだんだん感じなくなったけれど、その代わりぽっかりと大きな穴が空いたみたいに虚無感にさいなまれた。

明日、始業式がある。
松原くんと会える。

とくん、と胸が鳴った。

彼が、もう僕に見向きもしないことはわかっている。
二度と触れることができないことも。
でも、きっと僕は彼を目で追ってしまう。そんなことがバレたら嫌がられるに決まっている。

これ以上松原くんに嫌われたくない。
松原くんが、好き、だから。



好き?



そうか。
僕は、松原くんが、好きなんだ。



とくとく、と鼓動が高まった。


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