the girl. | ナノ


18日  




数日先までの仕事を繰り上げで終わらせて、肩を回す。肩こりなどは皆無なのだが、そういう気分だった。もう陽も沈み、夜もとっぷり更けている。
部下にはなんとか引き継ぎを終わらせて、休職届を出すことも話した。みんなさみしそうな顔をしてくれたが、次はみんなの番だよと肩を叩けば一様に嬉しそうだったのが印象的だ。どうやら私は部下に恵まれたらしい。

理由の欄に「疲れたから」などというふざけた一言を書いた休職届を片手に、私は事務室を出る。目指すは風影の執務室。我愛羅がこれについて何かを言及してきても、私は疲れたからを通すつもりでいる。力技でどうにかするしかない。

そう、決心していたのに。


「ああ、受理しよう」

あまりにもあっけないその一言に疑問が尽きない。これでいいのは確かなのだが、まさかここまで何も聞かれないとなると、どこか悲しさすら感じる。だが、こちらから言及すると墓穴を掘るような気がしたので口を閉じる。

「ありがとう。じゃあ…おやすみなさい…」
「待て」
「え…?」
「少し、出よう」

そう言うや否や、我愛羅は手にしていたペンから手を離し、席を立つ。何が何だかわからないままその様子を眺めていると、マントを羽織った我愛羅に手を差し出された。

「さぁ、いくか」

私は反論する術を持たず、その手につかまる。



無言で隣を歩く我愛羅をそっと見上げる。ずいぶん背が伸びたなと思うのは私が伸びないからだろうか。昔とは何もかもが違う。独りよがりで痛みを知らなかった我愛羅とは違うんだ。

純粋に、かっこいいなと思った。まっすぐ前を向いて歩く姿の眩しいこと。自分を忌み嫌っていた里を受け入れて、守って、愛して、そして愛されて、守られて…。私はそれを見ていただけだ。
やっぱり、この恋心は不遜だ。不釣合いでわがまま。自己中心的な押し付けにすぎない。だから私は隠すのである。見つからない奥底に。

「ナズナ、冷えるだろう」
「ううん…私は平気」

繋がる我愛羅の手が暖かくて泣きそうだった。
私が傀儡ということはもう覆らない。この冷え切った手も、結局泣けないのも、全部全部覆らない。

「この里は強い」
「え…?」
「この里はこの俺を受け入れ、力を合わせて立て直すことができた。今では他の五里に引けを取らないだろう。俺はそう自負している」
「………」

歩きながら周りを見渡す彼に倣う。確かにこの里は変わった。他里と協力する道を選び、我愛羅を長に置き、皆が力を合わせるようになった。笑顔も活気も溢れている。私が見たかった里の未来そのもの。

「もちろんナズナの存在も大切だ」
「え…?」
「お前はこんな俺を許して、側にいてくれた。俺の全てを肯定してくれた。それが俺にとっては、かけがえのないことだったんだ」
「我愛羅…」

今だけは、泣けない自分がありがたかった。普通だったら泣いている。
我愛羅は大層なことのように言うけれど、それは違う。私には側にいることしかできなかったんだ。彼の優しさを知っていたけれど、無力だったから…どうすることもできなくて、それしか思い浮かばなかった。
引き裂かれた痛みも、握りつぶされた痛みも覚えている。半身がなくなる恐怖は耐え難いものだった。だけれど君が誰よりも泣いているから、私は恨むことなんてできなかったんだ。

「私こそ…我愛羅がいたから頑張れたんだ。生きていこうと思えた。支えたい…って思った」
「………ナズナ…。こんなことを言う俺は風影として失格かもしれない…だが、俺は、やはり…」

私の言葉を静かに聞いた彼は、思慮深げに視線を下げて懐から一枚の紙を取り出した。それは私の休職届だ。

「本当に、辞めるのか」
「休職だよ」
「……本当に?」

さっきはあんなにあっさり受け入れてくれたのに、と言おうとして、あそこは風影室だったことを思い出した。彼はきっと風影として受理したのだろう。我愛羅としては今のが本音…ということか。

「本当に」

今更嘘を重ねることに躊躇いはない。痛む心も持ち合わせていない。
我愛羅の未来に陰りがないように。私が陰りにならないように。

「そうか…」

俯いて、それから私の手をぎゅっと握る。その手は震えているように感じた。

「戻るか…」
「うん…」

"お前が風邪をひいてしまったら困るからな"と微笑む我愛羅に否定の言葉を言えたらどれだけ良かっただろう。「そうだね」と曖昧な肯定をしながら思わず目をそらしてしまう。



あと18日。
こんなに生きたいと願った日はない。


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