the girl. | ナノ


23日  




走っても走っても逃げられない。踏んだ先から足元はボロボロと崩れ落ちて、一度でも止まれば奈落の底。振り返ることもできずに、どこに向かうのかもわからず、ひたすらに進む。もうそれしかできないんだ。
こんなことならいっそ、落ちてしまえば…。
そう、諦めかけた瞬間、誰かに手を引かれた。

「っ!」

誰…?
私の名前を呼んでるの?
そこに向かえばいいのかな。
ああ、体が軽い。このまま空も飛べそうだ。


「ナズナ…!!」
「っ…!」

ジャンプしてみようと考えていた矢先、強く名前を叫ばれて意識が浮上する。はっと目を開くと、まだメイクをしていないカンクロウがそこにいた。私は痛む頭を抑えて体を起こす。今のは夢か…。夢なんて、久しぶりに見た。

「唸ってるから、びっくりしたじゃんよ…」
「ごめん…夢を見ていたみたい」
「夢…?珍しいじゃん」
「うん…」

私の1日はこうしてカンクロウに起こしてもらうことから始まる。そして簡単なメディカルチェック…というのか、体に異変がないかの質疑応答をして、髪を結ってもらうのだ。

「よし…」

いつものように滞りなく質疑応答は終わり、一安心。終わりまでの日数を聞いてからは、毎日この時間が恐ろしくてならない。まだ動く。まだ、大丈夫。

「じゃあ、後ろ向け」
「うん」

そう言われて私は身を翻した。カンクロウは慣れた手つきで私の髪を梳く。
体とともに成長の止まった髪だけれども、驚くほど髪質に劣化は見られない。これもまた私を人間じゃないと主張するものの一つだ。だけれど、こうやってカンクロウに触られるのは好きだから、これでもいいかと思ってしまう。

「今日はどうするんだ?」
「どうしようかなぁ。…カンクロウのお気に入りってないの?」
「は…?」
「髪型。いつも色んな髪型にしてくれるけれど、カンクロウが一番気に入ってるのってなに?」
「まぁ…やってて楽しいのはあるけど…」
「じゃあ、それ」

本当にいいのか?と聞かれて思わず首を傾げてしまう。どっちにしろ今日は何かして欲しい髪型があるわけでもないんだから、好きにしてくれていいのに。

「いいんだよ。好きにしてください」
「じゃあ…こっち向け」

言われた通りにカンクロウの方を向くと、分け目で分けられた髪を前に流す。そしてその左側から三房にわけて丁寧に編み出した。

「三つ編み…?」
「不満か?」
「ううん」

まさか三つ編みが好きだなんて思わなかったな、と編まれていく髪を見ながら思う。確かにその手際は驚くほどに滑らか。それに均等だし、綺麗だ。やっぱりカンクロウは器用だなぁ、と感心してしまう。

「なんで三つ編みが好きなの?」
「なんで…って、なんか楽しいじゃん」
「なにそれ」

レースのカーテンが風に揺れる。
嘘みたいに穏やかな朝だ。
あの日からもう一週間なんて考えられない。
ああ、このまま何事もなければいいのに。痛む体はこれが現実だと突きつけてくるのだ。


あと、23日。
三つ編みのおさげはいつもより一段と綺麗だった。


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