今は、何日。
あと何日。
何も見えない。
わかるのは光と闇だけ。
−−カンクロウ?
「どうした…?」
−−今日も三つ編みにして。
「ああ、わかった」
カンクロウの指がするりと私の髪を編んでいく。
ああ、心地いい。
カチコチと響く時計の針の音が、いつもより緩やかに感じた。衣擦れと、カンクロウの呼吸音だけが耳に届く。そしてそれを攫うような雨の音に優しさを感じながら。
雨が続いて何日も経った。やっと小降りになったそれは、未だに降り続けている。
「髪は…そのまんまじゃん」
静かな空間に、カンクロウの声が混ざった。私はそれに小さく答える。
−−そう?
「おう。……綺麗なまんま…」
−−よかった。
私の言葉にカンクロウの指が止まった。
そしてまたゆっくりと動き出す。
ぽつりと聞こえた「なにも良くねえ」という呟きに目をそらして、私はそっと意味をなさない瞼を下ろした。
無言は嫌いじゃない。
今の私には何かを伝えることができないから。
聴覚しかまともに生きていない今、下手をすれば五感が薄れていることなど簡単にバレてしまうだろう。
奇跡的にまだ気付かれていない、いやもう本当はとっくに気づかれているかもしれないけれど、その話題が上がらないことに越したことはないのだ。それにまだ聴覚が生きている。それならば、なんとかコミュニケーションは取れるし、今更どうこうするものでもない。
もうすぐ、何もかもなくなるのだから。
「なぁ、ナズナ」
−−ん?
「俺が三つ編みを好きな理由、言ったっけか」
−−うん。
−−楽しいからって。
「あれは嘘じゃん」
なんとなく、そんな気はしていたけれど。
嘘を吐くってことは、相応に隠したいことがあるということだから追求はしなかった。それをまさかカンクロウから言ってくれるなんて。
−−嘘なんだ。
「……だって、照れくせぇし」
−−なにそれ。
拗ねたような言い方に、嬉しくなる。
大丈夫。まだ普通に喋れている。
いつも通りに。
「昔、さ。あー…すっげえ前じゃんよ」
−−私がまだ傀儡になる前?
「そうとも言う、じゃん」
−−ふふ、うん。
「お前、自分で髪の毛結んでただろう?」
−−結んでたね。
「まぁ…そう言うことだよ」
たっぷり間をもったのに結局言ってくれないのか。自分から言いだしたくせに。
片方の髪は編み終わったようで、ゴムで結ばれる感覚がする。もう一本。まだ、時間はある。
−−ずるいよ、カンクロウ。
「ずるくはねえじゃん!それを言うならナズナの方がずっとずるい」
−−意味、わかんない。
「わかんなくていい」
昔の私は自分で髪を結っていた。
しかし不器用で、大雑把な私はカンクロウみたいに凝った可愛い髪型なんてできなくて、左右の大きさの違うボサボサの三つ編みにしかできなかったのだ。それを見かねたカンクロウが綺麗な三つ編みを作ってくれたことをよく覚えている。
さらに、体が半分傀儡になってからは毎朝カンクロウが様子を見に来てくれて、髪を結ぼうと四苦八苦する私にため息をついてまた綺麗な三つ編みを作ってくれたっけ。それが嬉しくて、私はカンクロウに髪を結ってもらうのが好きになった。
「ほら、できた」
−−ありがとう。
ああ、終わってしまった。相変わらず綺麗に結われた三つ編みを指先でいじりながら顔を伏せる。あと何度、カンクロウに髪を結ってもらえるのかな。
「…………なぁ」
−−ん?
「おれ、さ」
−−うん。
いつにもなく真剣な彼の声に顔が上がる。
できる限りそちらを向いて、首をかしげると息を呑む音が聞こえた気がした。
「おれ」
一体どうしたのだろうと言葉を待っていると、突如耳鳴りが脳内を暴れまわった。
「お前は我愛羅が好きってわかってる、でもおれは…」
カンクロウが何か言ってる気配はわかる。
だけれどなにも聞こえない。
なにを言ってるの。
ねぇお願い待って。
「…ナズナが、すき、じゃん、よ」
なにも聞こえない。
なにを言ったんだろう。
でも、聞き返すことなんてできない。
バレてしまう。
それだけは嫌だ。
怖い。
すーっと無くなる耳鳴りに、まだ聴力が生きていることへの安堵を抱く。雨は先ほどより少し強くなっているように感じる。
「ナズナ…?」
心配そうな彼の声。
私は小さく
−−うん。
そう答えることしかできなかった。
あと2日。
彼はなにも言ってくれない。
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