the girl. | ナノ


4日  




体が重い。こんなに空っぽなのに、どうしてこんなに苦しいの。わけがわからなくて、ガンガンと頭が痛む。出るはずのない涙がこぼれる感覚。暗闇の迷宮に閉じ込められたような圧迫感と焦燥感。

ああ、私このまま死んでしまうんだ。

呆然とたどり着いた思考に今更後悔も、反省もない。そこにあるのはただの事実だ。私はきっと本当にこのまま死んでいくのだろう。

あと何日だろうと考えて、乾いた笑いがこぼれた。そんなもの指標にすぎない。今だって、いつ途切れてもおかしくないんだ。私の命はそれほどに儚い一本線。

外は豪雨だった。
砂漠地帯の風の国でこんなに雨が続くことなんて珍しく、里はこの怪奇現象に歓喜の声が上がっている。
私だって、その輪に入って一緒に喜びを分かち合いたいのに。一人で立てないのだからそんなことできるわけがないね。それに、雨はそんなに好きではない。恵みの雨って言ったら聞こえはいいけれど、漂う湿気は私の体を蝕むから。…今更蝕まれたところでどうもならないけれど。

「ナズナ…」

ふと聞こえた声に顔を上げる。
薄れる視界に赤い髪が揺れた気がした。

「我愛羅…?」

疑問形になってしまう自分の言葉が煩わしい。もっとよく声を聞いて迷いなく言わなければ。

もう、味覚はない。嗅覚もそろそろなくなるだろう。その後は視力で、最後に聴力だろうか。
半身の次に機能を失いはじめたのは五感だった。
それはカンクロウにもテマリにも伝えていないことだ。みんなの記憶には綺麗に死んでいく姿で残っておきたいというただの自己満足だけれど、これ以上心配をかけたくないというのももちろんある。でも一番は、声に出すことに対する恐怖があるからかもしれない。確かにこれは事実だけれど、言の葉に乗って、さらに深く理解することを激しく恐れている。
ならばこのまま。

「体調はどうだ?」
「あんまり、かな」
「そうか」

我愛羅にはやはり何も伝えていない。ただのメンテナンス不足とだけ伝えておいた。
揺らぐ視界ではその姿はしっかりと認識できないけれど、きっといつもみたいに無表情なんだろう。それすらも見れなくなるのはやはり心地がいいものではない。

「今日はお前が好きなスイカを持ってきた」
「わぁ、ほんと?」

彼が何やら大きな丸いものを掲げているのが見て取れる。一瞬視界がモノクロになり、しっかり色までわからなかったが、きっとそれはスイカなのだろう。

スイカはこの砂漠地帯でも育つことのできる数少ない果物の一つだ。正直あとはナツメヤシぐらいしか思い浮かばない。
私たちにとっては貴重な水分源であり、甘味。ここでは嫌いな人の方が少ないだろう。

我愛羅は「少し待っていろ」と部屋を出て行き、しばらく待っているとまた戻ってきた。「食べやすいサイズに切ってもらった」というからきっと、今赤く滲むそれはカットしたスイカだろう。ワンテンポ遅れて「ありがとう」と告げると彼は何も言わない。

「食べれるか」
「うん。食べさせてくれると嬉しい」
「ああ」

私は上半身だけ起こし、口を開ける。我愛羅はスイカにフォークか何かを刺すとこちらに差し出してくれる。ここであの爽やかな甘い匂いがすればもっと美味しく感じたのに。
赤い塊にパクつくと、するりとフォークが抜けていく。口の中でシャクシャクとほつれていく甘さが身にしみた。数個口の中に残る種をどうしようか悩んでいると、我愛羅がティッシュをくれる。そういう、気の利く優しいところも好き。

「美味しいか?」
「うん…」

こんな些細なできごとが幸せで、死にたくないと思ってしまう。だが世界は滲み、この幸せが続かないことを突きつけてくる。

「早く、よくなるといいな」
「………」

彼の言葉にすぐには頷けなくて、脳内でたっぷり言葉を反芻させてまるで絞り出すように「うん」と呟いた。


苦しい。
息苦しい。
生き苦しい。


逝き苦しい。


死にたくないとのたまって、無様にでも生きていたい。
幸せなんてもういらないから、時間が欲しい。
彼との未来なんて願わないから、猶予が欲しい。

たったそれだけ。対価だって支払うよ。
それなのにどうして私の未来はポツリと途切れているのだろう。

外は豪雨だった。
止む気配はない。
まるで私の心をかき乱すように何度も窓を打ち付けて、逸る心を嘲笑うかのように。



あと4日。

止む気配はない。


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