the girl. | ナノ


6日  




side テマリ



「テマリお姉ちゃん!!」

そうやって私に大きく手を振る三つ編みの少女を、今もなお覚えている。


ナズナの両親は先代風影の勅命任務で命を落とした。それから彼女は先代に引き取られ、私たち三兄弟とはまるで本物の兄弟のように育って来た。
ナズナは両親を失った過去を持ちながら、持ち前の明るさで陰りを一切見せず、どれほど私たちの心を照らしたことだろうか。きっとあいつは気付いていないだろうが、それが当時の私にとっては心の支えだったと言っても過言ではない。
無愛想で可愛げのない私に手を差し伸べてくれた、最初の友達。「それがテマリお姉ちゃんの、テマリお姉ちゃんらしいところだよ」と全てを肯定する笑顔はどれほど心強かったか。無意識でそんなことを言ってのける姿がひたすらに眩しくて仕方なかった。

人柱力をその身に宿す我愛羅にすら、彼女は普段と一切変わらなかった。実の兄弟である私たちですら恐れ、距離を作る我愛羅に、「遊ぼう」と浮かべる笑顔に嘘偽りなどなく、危ないからと諭す周囲に「なんで?」と純真無垢に首を傾げて見せる。彼女は我愛羅の根本の優しさをまっすぐに見ていたのだ。だから、その前提に人柱力などいない。

そんな彼女に感化されて私も我愛羅に歩み寄ろうとだってしたんだ。私は人間関係に不器用な方だから、ナズナの力を借りて少しずつ。
…そんな矢先の事件だった。



「ごめんね」

白いシーツに横たわる彼女から数多の管が伸びている。醜く変わった半身に、私は呼吸を忘れていた。
あの衝撃は未だに心に深く突き刺さっており、思い出そうとしても曖昧にしかよぎらない。だが、その顔から笑顔が消えたことだけは鮮明に覚えている。

あの夏の日の青空のような、大輪の向日葵のような朗らかな笑顔が。
私たちを照らしていたあの太陽が。
たった一夜のうちにバケモノの腹の中に呑み下されたのだと思うと、湧き上がる憎悪に心が蝕まれていく。

我愛羅が許せない。
我愛羅が恐ろしい。
我愛羅が忌まわしい。

私たちの心に深い闇がかかっていく。それでもナズナは我愛羅は恨まなかった。
それどころか自分のせいだと卑下まで初めて、彼の根本をひたすらに肯定し続けた。
そこに他者の理解など不要だったのだろう。自分さえ彼を信じていればいいのだと、まるでそう言われているかのように私は錯覚した。

今は遠い遠い回り道を通って、私たち兄弟の関係は修復されたけれど、それもこれも我愛羅を受け入れたナズナがあってこそだ。
だから私にとってナズナは恩人に近い。

初めて友達になってくれた。
私と我愛羅の関係を取り戻してくれた。
…二度も、私を救ってくれた。


そんな彼女が死んでしまうなんて、どうしてそんなことが許されるのだろうか。
神様だって、おかしいだろ。
彼女よりも死ななければならないものだってもっとたくさんいる。
少なくとも私の方がナズナより遥かに愚かで汚れている。
我愛羅を信じられなかった愚かな姉であり、他者の血で汚れた忍者。対してナズナは果てしなく純粋であんなにも真っ直ぐで、息を呑むほどに美しいのに。

なぜ、死ななくてはならない。


半身の機能を失ったナズナは、それでもうわ言のように「我愛羅には言わないで」と呟く。私は無意識のうちに彼女の左手に自らの手を重ねていた。指を絡めてきゅっと握っても反応は返ってこない。独りよがりだってわかっている。それでも私はひたすらに無意味な行動を繰り返す。何度でも手を握って、思い出の中のナズナが「くすぐったいよ」と笑ってくれるまで。

外は豪雨だった。
数日前から何度も降ってはやんではを繰り返している。
ナズナはまるでそれを見送るように窓の向こうを見ていた。つー…と伝う粒はやがて私たちの知らないところまで滴り落ちていく。

もう取り戻せない。
取り返しがつかない。
そう言われているような気がした。


あと6日。
もう一度あの笑顔が見たかった。


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