the girl. | ナノ


9日  




side カンクロウ



外は豪雨だった。

「………」

痛む頭を抑えて首を垂れる。額を伝う汗が煩わしかった。

ナズナに余命を告げたその日から、俺はまともに眠ることができなくなった。
身体は休息を求めているのに、形の見えない不安が俺の喉をきつく締め上げて、まどろみに落ちることを許さないのだ。
いつ何時ナズナに何があるかわからない。俺に何ができると問われると口を閉じざるを得ないが、それでもこの里の、いやこの世界の中で今一番彼女の現状を理解しているのは俺なのだから。

喉の渇きを強く感じ、枕元に置いた水差しに手を伸ばす。今はどれぐらいの時間だろうと部屋の時計を見ると、布団に入ってからそんなに時間が経っていなくて自嘲の笑いが漏れる。水をグラスに移し、勢いよく煽ると、幾分か気が楽になった気がした。

先日、ナズナの左半身は完全に機能を失った。
もう自立して動くことはできず、今はなけなしのチャクラで生命機関だけを動かしている。

そんな状態で、彼女は泣き言一つ言わない。
俺ですら溢れてしまった感情を、彼女は必死に堰き止めて、きっとあれは「笑っている」のだろう。表情なんてなくてもわかる。どんな風に笑っていたかだって思い出せる。
誰よりも近くで、彼女を見てきたのだから。

呆然と自らの手を見つめる。どれほど傀儡を操れても、ナズナを直すことはできない。そんなこの手が、俺は嫌いだった。
だけれど、この手で彼女の髪を触るのは好きだし、この手が生み出すもので彼女が喜んでくれるから、俺は自分自身を失わずにいられるのだろう。

外は豪雨だった。
大粒の雨が何度も何度も窓を叩く。夜の暗闇が一層暗く見えて、すかさずカーテンを閉める。
眠れないとわかっていても、やることもできることも俺にはないから、布団に深く埋まる。

夢をみるとしたら何がいいだろう。

例えばナズナが我愛羅に半身を奪われず、普通の人間として成長したらどうなっていたのだろう。昔からあいつはお人好しで他人思いで活発なやつだったから、そのまま大きくなってうるさいぐらいだろうか。きっとよく笑って、よく喋るやつに育っていただろうな。
髪は今ぐらいの長さまで伸ばしてくれると嬉しい。あいつの髪をいじるのは好きだし、ちょっとした日課だから触らないと落ち着かない。
あとそれから…すごい美人になると俺は踏んでいる。
そして多分、我愛羅と結婚するんだろう。
メイクをするのは俺で、ドレスはテマリが選ぶ。我愛羅は白が似合うから、逆にナズナは燃えるような赤いドレスでもいいかもしれない。唇にも真っ赤なルージュをさして……。……ダメだ。どうしても今のあいつで想像してしまって、少女の体に不釣り合いな蠱惑的な唇に笑ってしまう。
我愛羅の気持ちは知らないが、きっと二人のことだからずっと幸せに暮らすだろう。そうあってくれなければ俺が困る。


半身が、奪われてなければ、今頃どれだけが叶っていただろう。

我愛羅を恨んでいるわけじゃない。そもそ俺が恨むなんてお門違いだ。
むやみに我愛羅に近づいたナズナに怒ってるわけじゃない。それこそ見当はずれもいいところ。
もちろん我愛羅を人柱力にした先代にだって怒りはない。あの人も、里を思っていたからこそ我愛羅を人柱力にしたのだから。

誰にも罪はない。
誰にも罰は与えるべきじゃない。
そんなこと、わかっているのに。

こんなにもやるせないのはどうしてだろうか。

深く息を吐いて俺は目を閉じる。
逃げれるのなら逃げてしまいたい。

今は何時だろう。あとどれほど夜を耐えれば朝が来るだろうか。
朝が来たら、また深くなっただろう隈だけを隠すメイクをして、素知らぬ顔でナズナの部屋に行こう。
俺にできるのはもう、その髪を結う事だけだから。


あと9日。
心残りはないようにしなければならない。


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