the girl. | ナノ


15日  




深夜の回廊は不気味なほど静まり返っている。動かなくなった左腕を羽織ったマントで隠して、私の足音だけ響くのにちょっと緊張した。
左足はまだ動く。それを確認するたびにどれだけ安心するか。
向かう場所なんてない。不安のためか深夜に目を覚ました私は行く宛てもなく歩き出した。先ほどは深夜と言ったが、どちらかというと早朝に近い時間だ。きっと我愛羅も寝ていることだろう。
もともと慢性的な不眠症だった我愛羅は、そんなに長時間は眠れないみたいだし、微かな足音でも起きてしまうみたいだから彼の寝室近くには行かないようにしよう。
私とあの三人は風影邸を家として使用している。この時間にはこの広い空間に四人しかいないのだと思うと特別な気分に浸れて嫌いじゃない。このまま、夜があけなければいいのに。

長い回廊を歩きながら窓から見える空を見やる。少し彼方が明るんでいるように見えた。もうすぐ夜明けだろうか。太陽はあまり得意じゃない。降り注ぐ陽光は、心の影を浮き彫りにする。このまま闇に紛れて消えてしまいたいとすら思う。

「……ナズナ?」
「…え?」

気ままに歩いていたところにいきなり声をかけられた。誰だと思い声のした方を振り向くと、そこにはきっちり身だしなみを整えたテマリがいる。しかも任務服だ。今から任務だろうか、こんな夜もあけない頃から。忍者ではない私はその姿を応援することしかできないけれど、やはり少し寂しい。

「今から任務なんだ」
「ああ、少し木ノ葉にな…」
「任務が終わったら…シカマルさん…?」
「に、任務のついでに話すことがあるだけだ!!」
「うそぉ、真っ赤だよ?」
「嘘ではない!…嘘、では」
「テマリ」
「なんだ…」
「かわいい!!」

うるさい!!とさらに赤くなるテマリは私から見てもかわいい。そう言えばテマリをこうやってからかうのは初めてかもしれない。

「テマリ…」
「ん…?」
「もっと、こういう話しとけばよかったね」
「そう…だな」

どちらからともなく笑って、その笑顔に陰りがないことに心底安心した。
一瞬、任務なんて嘘なんじゃないか。私よりシカマルさんのそばにいたいんじゃないか。などという邪推をしてしまったが、そんなもの結局なんだっていいし、テマリを疑ってしまう私が嫌いになった。
任務であったって、そうじゃなくたってテマリはテマリの好きなようにするべきだ。私で縛ってはダメ。言葉ではわかっているのに。

「ナズナは何をしていたんだ?」
「んー…散歩?」
「眠れないのか…?」
「ううん。気分転換」

答えになっていないと自嘲。むしろ眠れないことを肯定している返答だ。もう少し考えて喋ればよかった。案の定、テマリは視線を下げてしまって、申し訳なくなる。

そして彼女が何かを言おうと口を開いて、でもそれはきっと言葉にならなかったんだと思う。それを塗り替える悲痛な言葉が出たんだと、その表情からなんとなく察することができた。

「ナズナ!!その腕…!!」

ああ、気付かれてしまった。
まるでガラス細工を扱うようにテマリは私の動かなくなった左腕を手に取る。私は相応しい言葉を見つけることができなくて口を噤んだ。乾いた笑いすら喉の奥でツンっとつっかかって、何一つ形にならない。私はいつも失うばかり。

「動かなくなったのか…」
「……………うん」

それ以外になんて言えばいい。ただ口を一文字に結ぶ彼女に何を言えばいいのだ。
きっと彼女の痛みは私にはわからない。私が痛みを与えているのに、どうして同調できないんだろうね。

「任務さえなければ…、側から離れないのに」
「それはダメだよ」

悔しそうなテマリを制止する。

彼女の任務の邪魔にはなりたくない。
−−そばにいてほしいなんて、言えるわけない。

「真っ直ぐに帰ってくる。すぐ帰ってくるから…っ」
「シカマルさんに悪いよ。ちゃんと時間を大切にして」

二人の仲の邪魔にはなりたく無い。
−−今だけでいいから私だけを見てほしいなんて、言えるわけない。

「私はテマリが幸せならいいんだよ」

どうして私はそこにいられないんだろう。
私だってテマリの幸せの一部になりたいのに、悲しませてしかいない。

「ちゃんとシカマルさんに会ってきなよ」

もっと私を見てよ。
もう私長くないんだよ。
側にいて。
行かないで。
行かないで行かないで。
お願いだから。


「いってらっしゃい」


小さくなるテマリの背中に動く右手だけで手を振る。

醜い感情が渦巻くこの体が憎かった。
テマリに嘘しか言っていない。
ずっとずっと、全部嘘だ。


「どうして…」


口をついて出た言葉に心は乗らない。

いつの間にか太陽は顔を出しており、窓から差し込む陽光に私は踵を返した。


あと15日。
嘘を紡ぐことに、痛みがあるならば、きっと私は一息に死ねるのに。


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