コンマ5歩の前進

「京佳ちゃん…」

朝のホームルームの前、机に突っ伏して寝たフリをしていると肩を叩かれた。ちなみに寝たフリをするのは起きていると声をかけられるからだ。
肩を叩かれては仕方ない、と体を起こす。何?とそちらを見やるとそこには日向がいた。日向っていうと日向先輩と混同するが、女の方である。

「あの、今日提出のプリント…」
「え?出してなかった?」
「うん」
「うわ、マジか。悪いね」

私は引き出しを適当に漁り、プリントをしまっているだろうファイルを引っこ抜く。中をパラパラと確認するとちゃんとプリントが挟まっていた。しっかりとやってあるか内容を確認して日向に渡すと、彼女は受け取ったにもかかわらずモジモジと恥ずかしそうだ。
いや、可愛いけれど…。「今度は何?」とちょっと語気を強めに聞くと、真っ先に謝られて少し罪悪感。

「怒ってないから、さっさと話して」
「あ、えっとね?今度クラスのみんなで遊びに行く話になったんだけど、京佳ちゃんもどうかなーって思って…」
「それ、言い出しっぺ誰?春野?山中?」
「え!?う、ううん…私」
「日向!?珍しいじゃん」

日向は「そうかなぁ?」と少し顔を赤くする。自覚がないのだろうか、あんまり自分から意見を言うようなタイプじゃないと思っていたから驚きだ。こう言うのは基本的に春野とか山中とかが言い出すし。

「でも、私はいいや」
「え?」
「だって、みんなの話意味わかんないし、たいして仲良くないし?」
「そんなこと…!」
「みんなにとっては仲良くても、私知らないし」
「………」

追い詰めるつもりはなかったのだが、俯いてしまう日向に思わず反省。さすがに言葉がきつかったか。最後に付け足すように「楽しんでくれば?」と言うと、「んなつれねぇこと言うなよ」と横槍が入った。

「は?奈良?」
「シカマルくん!」

それは気だるげに制服のネクタイを緩めた奈良で、珍しく教室で話しかけてくるもんだから驚いた。普段は「めんどくせー」という理由で話しかけてこないのに…、日向といいこいつといい今日は珍しいことばかりが起こる。

「別にいいんじゃねえの?遊びに行くぐらい。このまま誰とも仲良くならず卒業すんのは流石に寂しいぜ?」
「はぁ?奈良に言われるとか癪なんですけど」
「し、シカマルくんもきてくれるんだよね?」
「まぁな。俺が行かなきゃ誰も止めねえだろ。めんどくせーけど」
「奈良も行くんだ…」

めんどくさがり屋のこいつのことだから絶対に断ると思っていたのに…、当てが外れたからかその背中が少し遠くなった気がした。
別にどうしても行きたくないわけじゃないし、それに奈良がいるなら一人ってわけでもない。
それなら別に。

「いいよ。じゃあ、私も行く」
「え?」
「いく!奈良がいるなら、別に…寂しくないし」
「だってよ」

ため息をつきながら肩をすくめる奈良の足を静かに蹴り上げる。彼は仕返しとばかりに表情一つ変えず私の足を踏んできた。こいつ…後で弁当のおかず抜いてやろう。

そんな私たちの攻防など知らずに日向は「よかった!」と笑っていた。笑うと余計可愛いもんだから、まあたまにはこういうのもいいかもしれない。