一呼吸
まどろむ意識の中、誰かの泣き声が聞こえた気がした。
それは徐々に鮮明なものとなり、一人ではないことに気づく。
声に出して泣くもの。すすり泣くもの。嗚咽を漏らすもの。泣くことすら出来ず、ただ呆然と「どうして」と呟くもの。
何よりも、言葉も涙もなく立ち竦むその背中を私はじっと見ていたような気がする。
どうしたのみんな。
なんで泣いてるの?
何かあった?
ちょっとちょっと、私だけ仲間はずれはよしてよねー?
この空気が嫌で、軽く笑いながら歩み寄る。しかし、距離を詰めようと歩を進めるたびに私の思いとは裏腹にみんなの背中が小さくなって行く。
え、まって。
行かないでよ!
置いてかないでってば!
なんで−−−!
「………」
軽快に響くチャイムに私は反射的に瞼を開いていた。
辺りを見渡すとそこは木ノ葉学園のいつもの教室。どうやら退屈な授業は睡眠の間に終わっていたらしく、私は重い体をのそりと持ち上げて体を伸ばした。
「ふぁ……ぁあ」
大きなあくびを一つ。眠い目をこすり、鞄から弁当を取り出すと「京佳!!」と背後から声をかけられた。
聞き慣れた声に私は「はいはい」と振り向く。そこにいるのは私の後ろの席のうずまきナルト。彼は早々に春野サクラ、うちはサスケと机をくっつけて弁当を食べる体制だ。
「なーに?」
「今日こそ京佳も一緒に昼飯食うってばよ!!」
「えぇ…」
柄じゃないよ…と苦笑すると「そんなことない!私は一緒に食べたい」と春野が嬉しいことを言ってくれる。でもやっぱり柄じゃない。
「ごめん、やっぱりよしとく」
私の言葉にうずまきも春野もあからさまに落ち込むから、本当になぜこんなにも私にこだわるのだろうかとため息が溢れる。そして弁当を片手に教室を出た。
こうやって声をかけられるのは今日に限ったことではないし、なにも二人だけではない。今は静かにしているが、うちはに誘われたこともある。そんなことされたら女子からいじめられる と思っていたのに、みんなまるで誘うのが当たり前な顔をしていてちょっとゾッとした。いじめられなくてよかったと思うことにしておいた。
私のこれは、クラスだけじゃない。
この学校全体がそうだ。
皆が皆私を知っていて、なぜか気にかけてくるのである。
入学当初は怖くて仕方なかった。
二年になってだいぶ慣れたからいいものの、でもやはり心地いいものではない。
だから。
「奈良」
私は屋上に続く扉を開く。
そこには今日も今日とて、サボリ魔のあいつがいた。
「よぉ、都」
奈良シカマル。
こいつは唯一、私のことを知らなかった男。そして、一緒にこの疑問を考えてくれる男だ。
…とは言っても、もう疑問を考えるのはやめているのだが、今はなんでもない雑談をしながら昼食を食べる仲だ。
「よぉ、またサボりか」
「いいんだよ、俺は。めんどくせーし」
「言えてる」
私は袋から取り出した弁当を一つ奈良に渡す。「悪いな」といつもの調子で言われたから「昨日の残りと冷凍食品だし、気にしないで。お金は頂いてるしね」と流暢に返しておく。
「いただきます」
「いただきます」
今日も屋上で二人、肩を並べて同じ具材の入った弁当を開ける。こんな何気無い一瞬が一番幸せだった。