空高編


第3章 神子と双子と襲撃



空高一族の血筋を守る為に作られた、三つの一族。
荒雲一族、卯雲一族、卯時一族。
この三つの一族は、空高一族の血を保つ為のスペアのようなものである。
元々は一つの空高一族であったものを、代々神の子が生まれる直系一族から分けて生み出された三つの一族は、空高をありとあらゆる方面から守った。
力で守り、祈りで守り、血で守り、空高一族の血縁が途絶えないよう、支え続けたこの一族は、空高にとっては切っても切れない、欠かせない存在。
…の、はずだった。
だからこそ、翼の守護役は、荒々しいけれども戦力には自信のある、荒雲一族から雷希が抜粋されたのだ。

(それなのに…殲滅、する…?三つの一族を……?)

驚きのあまりに大声をあげそうになるのを、翼は飲み込む。
今は、自分の感情を抑えてでも、この会話を聞かなければならない、そんな気がしたのだ。
今すぐにでも怒鳴り込みたい。
そもそもその三つの一族の一人である雷希はどうなるのか。
無残に殺されてしまうのか。
どうしてそもそも殲滅なんて物騒なことになってしまうのか。
まずは知らなければならない。
声を潜め、襖にそっと耳を近づけると、大人たちの荒々しい声が、耳へと届いた。


第35晶 翼と雷希 其ノ弐


十年以上屋敷に籠りっ放しの生活をしていると、楽しみと呼べるものは殆どない。
やることといえば礼儀作法や勉学、稽古。しかしそれも昼間しか行われず、夜はもう眠るだけだ。
良い子であれば夜は眠る時間なのかもしれないし、普段であれば大人しく眠っているのだが、眠れない夜は、ひっそりと縁側から星空を眺めたりしていた。
本当は屋根の上で眺めていたい位なのだが、流石にそこまで出てしまえば他の守役に見つかって連れ戻されてしまうので、辛うじて目を瞑ってもらえる縁側で我慢をする。
それでも、縁側から眺める星空は十分綺麗で、真っ暗闇の中で散りばめられた白い星達はちかちかと小さく輝いていて、その輝きの一つ一つが眩しくて仕方なかった。
今夜もよく眠れなくて、星を眺めてから眠ろうかと思い、部屋を抜け出した矢先…襖の隙間から、大人たちの声が聞こえたのだ。
ちょっとした悪戯心で耳を澄まして聞こえたのは、荒雲・卯雲・卯時一族の殲滅計画。
もっとよく聞かねばと耳を襖へつければ、ざわざわと騒ぎ声が聞こえる。
どうやらこの屋敷にいる重役の大人たちが全員集っているらしい。

「荒雲、卯雲、卯時の一族を、殲滅する。」

重々しい声には何処か聞き覚えがあった。
それは翼の育ての親であり、実父の弟…つまり叔父であり、そして、幼い翼の代わり空高の実権を事実上握っている男、空高羽切の声だ。
思わぬ場所で聞いた叔父の言葉に、ごくりと唾を飲み込む。
羽切は、叔父は、一体何を言っているのだろうか。

「しかし羽切様、荒雲、卯雲、卯時の三つの一族は、空高一族の血統を守る為に尽力してくれた一族…そして、元は同じ空高一族。一つに統合するという話であるならまだしも、殲滅とは、あまりに穏やかな話ではない。」

若い男の声。
翼もこの男の声に同意するように、頷いた。
勉学は退屈であったが、自分の一族がどのような成り立ちで作られ、周囲の一族がどのような役割を果たしているのか、何度も授業を受けていれば厭と言う程に覚えてしまう。

「空高一族の繁栄を支えて来た三つの一族を、何故殲滅なんてする必要があるのですか。」

一族は代々、血を繋いで増えていく。
当然当初は人数も少なく、繋ぐ為の血も少ない。兄妹で交わるなんて以ての外。
空高の血を繋ぐ為、空高一族のうち三人の人間が、それぞれ優れた能力を持つ他の人間と契りを結び、空高の血筋を残していった。
どのようなことがあっても、空高が滅びることがないように。
力を誇る荒雲一族。
術を誇る卯時一族。
そしてそのどちらもバランス良く持つ卯雲一族。
空高一族の伴侶は、同じ空高一族か、もしくは、三つの一族から選出されていた。
元は同じ空高だから。
空高の血を絶たぬ為に。

「もう必要がないからだ。」

しかし、血筋を残し、空高一族の人間が増えれば増える程、この三つの一族は血筋を残す為の保険である役割を果たす必要がなくなっていった。
空高一族は空高一族同士で結婚をする。
より純粋な空高の血を残す為。
三つの一族は、雷希のように、空高を守る守護役を任される位しか、役割を負わなくなって来ていた。

「空高の…神の子の守護役は、同じ空高一族からでも充分出すことが出来る。確かにかつては空高の血を途絶えないようにするために重要な役割を持つ一族たちではあったが…今は、脅威でしかない。」
「脅威、といいますと?」
「元々、あの三つの一族は、同じ空高。それは紛れもない事実だ。では、自分たちも元は同じ空高なのに、空高一族とこんなにも立場が違うのは何故かと、不満が出ないと思うか?」

シン、と襖の奥が静まり返る。
誰も反論する者はいない。
静寂がやけに耳に痛んだ。

「何時、反旗を翻すかわからないのが奴等の状況だ。これ以上、危険因子となりかねない一族を存続させておく必要もあるまい。」

この場に乗り込んで、そんなことはないと言いたくて仕方なかった。
それでも翼は拳を強く握り締め、なんとか気配を押し殺して、羽切の声を聞いて、胸の中でぐるぐる渦巻く怒りや不満と共にごくりと唾を飲み込む。
どんなに許しがたいことでも、羽切がやると言ってしまえば、この悲劇は実行されてしまう。

(そんなこと、わかっている。俺が何を言っても、変わらない。)

周囲の者は、翼を神の子と崇めている。
だからといって、翼の言葉に影響力があるかと言えば、それは決してイコールではない。
先程も述べたように、羽切は空高一族の実権を事実上握っているに等しい男。
彼がやるといえばやる。
多くの空高一族は、翼ではなく、翼の背後にいる彼に従う。
まだ十五歳の子供である自分が、此処で何を言っても、乱心したと取り押さえられてしまうだけだ。
それがわからない程、翼は莫迦ではなかった。
そして、そんなことをして、取り押さえられ、閉じ込められてしまえばますます翼は動きにくくなる。
そうすれば、助けたい存在も助けられない。

(……雷希…)

雷希は荒雲一族だ。
羽切が三つの一族の反乱を恐れるのであれば、まず一番に殲滅したいのは、雷希のいる荒雲一族。
自分を慕ってくれている、自分を師と呼んでくれるあの少年だけは、何としても死なせてはならない。
だからこそ、どんなに腹立たしいことでも、全てを飲み込んで、聞かなければならないのだ。

「…で、羽切様、決行は…」
「…夜明け前に行う。明日の深夜でも構わないが…時間を置けば情報が漏えいする恐れもあるだろうからな。」

決行は夜明け前。
既に現在が深夜なので、後数時間もない。準備が終わり次第、直ぐに決行する恐れもある。
少なくとも襖の奥に居る人々は、身内に避難を呼びかけることは出来ないだろう。

(…あの場に居る者たちだって、あの一族に身内がいてもおかしくはないのに…)

拳を握り締める。
それでも助けられる命は、きっと限られている。

「各々三人一組で見張り合い、武具を用意しろ。荒雲、卯雲、卯時、それぞれの一族殲滅は同時に行う。どれか一つを絞って順番に行っていたら、感付いて逃げる者も増えるからな。逃げる隙は一切与えない。」

屋敷から、出たことはない。
雷希の居場所もわからない。
救うための時間も限られている。
それでも、助けないという選択は、翼の中ではあり得なかった。
音を立てず、ゆっくりと立ち上がる。
翼は音を立てずに、誰にも気付かれないように早足で歩き、己の部屋へと向かった。
服のしまってある箪笥を開けてがさごそと服を探り、普段使用している着物と違い、動きやすいシンプルなものへと着替える。
その上から一枚の布を被り、ガラガラと小さな窓を開けた。
窓は小さいが、なんとか子供一人分であれば通り抜けられそうな位の大きさだ。
夜はまだ冷えるのか、ひやりと冷たい風が頬を撫ぜる。
窓に手をかけて身体を乗り出すと、音を立てないようにそっと飛び降りた。

「……まだ、降りることが出来たか。」

そう呟いて、自身で呟いたその言葉に一つの疑問を覚える。
まだ。
翼は確かに、そう口ずさんだ。しかし、翼の記憶の中では、屋敷の外に、明確な意思を持って出ようと思ったのはこれが初めてだし、あの窓から出たのも初めてだ。

「…気のせい、か。ひとまず、雷希を…」

今は考えている時間はない。
きっとつい口ずさんでしまっただけで、きっと他意はない。
翼は顔を上へ持ち上げると、まだ太陽が昇り切っていない闇夜の中、雷希の姿を求めて駆け出した。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -